
グリム童話より
ある男が一頭のろばを飼っていました。
ろばは長い年月、嫌な顔ひとつせず粉袋を粉挽き場へ運び続けてきましたが、もう力は衰え、日ごとに働けなくなっていきました。
主人はろばの餌を減らし始めました。やがてそれは、追い出すための布石だと、ろばにも分かりました。

ろばは夜のうちに家を出ました。
ブレーメンへ行こう——あの街なら、音楽隊に入れてもらえるかもしれない。
長い耳を風に揺らしながら、ろばは埃っぽい街道を歩き始めました。何ができるかは分かりません。ただ、ここにいれば殺されるということだけが確かでした。
しばらく行くと、道端に猟犬が一匹、舌を出してぐったりと横たわっていました。
「どうしたんだい、そんなに息を切らして。」
「ああ、年を取って猟に出られなくなったものだから、主人が撲ち殺そうとしたのさ。逃げ出したはいいが、これから何で食っていけばいいやら。」
「おれと一緒にブレーメンへ行こう。おれが琴を弾くから、おまえは太鼓を叩けばいい。」
犬は尾を振り、のろのろと立ち上がりました。
やがて二匹は、垣根の上にうずくまる猫に出会いました。顔は三日も洗っていない雑巾のようでした。
「何があったんだい、おひげのだんな。」
「歯が鈍って鼠を追えなくなったら、おかみさんが水に沈めようとしたのさ。命からがら逃げたが、さてどこへ行ったものか。」
「ブレーメンで音楽隊をやろう。おまえは夜の小夜曲が得意だろう。」
猫はひげを震わせて、仲間に加わりました。
三匹が農家の前を通りかかると、門の上で雄鶏が声の限りに鳴いていました。
「そんな声を出して、何事だい。」
「明日は日曜日で客が来るから、おかみさんがおれをスープにしろと料理女に言いつけたんだ。今夜のうちに首を刎ねられる。だから命のあるうちに、精一杯鳴いているのさ。」
「馬鹿なことを言うな、赤冠くん。一緒にブレーメンへ行こう。死ぬよりましなことは、どこにだって見つかる。」
四匹はそろって街道を歩きました。
けれどブレーメンは遠く、日が暮れるまでにはたどり着けません。森の中で夜を過ごすことにしました。
ろばと犬は大きな木の根元に横たわり、猫は枝の上にのぼり、雄鶏は梢のてっぺんまで飛び上がりました。
眠りにつく前に、雄鶏はあたりを見回しました。すると——遠くに、小さな明かりがちらちらと光っています。
「あそこに家がある。明かりが見える。」
雄鶏の声に、四匹は立ち上がりました。どうせ寝心地が悪いのです。
近づいてみると、それは泥棒たちの隠れ家でした。ろばが窓に近寄り、中を覗きました。
「何が見える。」と犬が聞きました。
「何が見えるかって? テーブルに御馳走が山盛りで、泥棒どもが座って食べたり飲んだり、えらく楽しそうにしているよ。」

四匹は頭を寄せ合い、泥棒どもを追い出す算段を立てました。
ろばが前足を窓枠にかけ、犬がろばの背中に飛び乗り、猫が犬の上によじのぼり、雄鶏が猫の頭の上に止まりました。
そして合図とともに——いっせいに、音楽を始めたのです。

ろばは嘶き、犬は吠え、猫は喚き、雄鶏は叫びました。
それから四匹は窓を突き破って部屋の中になだれ込みました。ガラスが砕け散る音が、凄まじい合唱に重なります。
泥棒たちは蒼白になりました。てっきり化け物が来たと思い、脱兎のごとく森へ逃げ出しました。
四匹はテーブルにつきました。
それぞれが好きなものを、まるで四週間も飢えていたかのようにたいらげました。食べ終わると明かりを消し、それぞれ一番心地のいい場所を見つけて眠りにつきました。
ろばは庭の藁の上に、犬は戸口の裏に、猫は竈の温かい灰の上に、雄鶏は屋根の梁の上に。長い道のりを歩いた疲れで、すぐに寝入ってしまいました。
真夜中を過ぎた頃、泥棒の頭目は遠くから家の明かりが消えたのを見て、手下のひとりを偵察に送りました。
男はそっと台所に入り、猫の光る目を熾火と見間違えてマッチを近づけました。
猫が顔に飛びかかり、引っ掻き、噛みつきました。男が悲鳴を上げて裏口へ走ると、犬が足に喰らいつきました。庭へ転がり出たところを、ろばが後ろ足で蹴り飛ばし、騒ぎで目を覚ました雄鶏が梁の上から高らかに叫びました。
「コケコッコー!」
男は転げるように仲間のもとへ駆け戻りました。
「あの家には恐ろしい魔女がいる。爪で顔を引き裂かれた。戸口には刃物を持った男が待ち伏せていて足を刺された。庭には黒い化け物がいて棍棒で殴られた。屋根の上では裁判官が『あの悪党をここへ連れてこい』と怒鳴っていた。」
それきり、泥棒たちは二度とその家に近づきませんでした。

四匹の音楽隊はこの家がすっかり気に入り、出ていこうとはしませんでした。
ろばは陽だまりの庭で昼寝をし、犬は戸口で番をし、猫は竈のそばで喉を鳴らし、雄鶏は毎朝、屋根の上で夜明けを告げました。
ブレーメンへは、行きませんでした。
そこにたどり着く必要が、もうなかったのです。
そして最後に語ったものの口は、まだ温かい。
おしまい
——物語の奥にあるもの
ブレーメンの音楽隊は、ブレーメンに着きません。物語の題名が約束した目的地は放棄され、代わりに泥棒の家という偶然の場所が終の棲み処になります。グリム兄弟が一八一九年に発表したこの話は、目標を達成する英雄譚ではなく、目標そのものが不要になる物語です。四匹が手に入れたのはブレーメンの市民権ではなく、「もうどこへも行かなくていい」という安堵でした。
ろばは粉を挽けなくなり、犬は獲物を追えなくなり、猫は鼠を捕れなくなり、鶏は翌朝スープにされる。四匹に共通するのは「生産性を失った」という一点です。使えなくなった労働者は処分される——産業革命前夜のドイツで語られたこの寓話は、労働と生存が交換条件であるという社会契約への、静かな異議申し立てです。彼らが殺されかけた理由は怠惰でも罪でもなく、ただ老いたことでした。
四匹が泥棒を追い払った「音楽」は、実際にはひどいものです。嘶き、吠え声、唸り声、金切り声の不協和音。けれどそれは泥棒を恐慌に陥れ、家を奪い返すのに十分でした。芸術は美しくある必要はない。ただ、聴く者の世界を揺さぶればいい。力を持たない者たちが発する声は、たとえ美しくなくても、組み合わされば壁を破る力になります。彼らの音楽が「上手い」必要がなかったように、連帯に資格はいらないのです。
泥棒が見たものは興味深い変換です。猫は魔女に、犬はナイフ使いに、ろばは黒い怪物に、鶏は裁判官になった。弱者たちの抵抗は、権力者の目には常に怪物として映ります。そしてこの怪物の虚像が、本物の暴力より効果的に支配者を追い出した。——あなたが「もう使えない」と言われたとき、まだ声は出ますか。出るなら、仲間を探してください。ブレーメンに着く必要はないのですから。