銀河鉄道の夜の表紙

銀河鉄道の夜

宮沢賢治

「ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしていた、このぼんやりと白いものが何かご承知ですか」

先生が教壇から問いかけると、教室がしんと静まりました。

ジョバンニは答えを知っていました。あの白い帯は、数え切れないほどの星の集まりです。本で読んだのです。けれど手を挙げることができませんでした。昨夜も遅くまで活版所で活字を拾っていたせいで、頭の中に靄がかかったようにぼんやりしていたのです。

「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう」

先生に名指しされて、ジョバンニは立ち上がりましたが、言葉が出てきませんでした。教室のどこかで、くすくすと笑い声がしました。

カムパネルラも手を挙げかけて、やめました。ジョバンニが答えられないのを見て、自分だけ答えるわけにはいかないと思ったのでしょう。

カムパネルラ——ジョバンニのたったひとりの友だちでした。けれど最近では、ザネリたちといることが多くなって、ジョバンニと目を合わせることも少なくなっていました。

学校が終わると、ジョバンニはまっすぐ活版所へ向かいました。

小さな活字をひとつひとつ拾いながら、指先がインクで黒く染まっていきます。父はずっと北の海へ漁に出たきり帰りません。母は床に臥せっています。牛乳を届けてもらう約束なのに、このところずっと届かないのです。

ザネリたちの声がどこかから聞こえてきました。

「ジョバンニ、お父さんから螺の上着が届くよ」

からかいの言葉でした。父が密漁をしているという噂が、町じゅうに広まっていたのです。

ケンタウル祭の夜、烏瓜のあかりが川べりに揺れる町並み

仕事を終えて、ジョバンニは牛乳屋に寄りました。けれど「まだ届いていない、あとで来てください」と言われるばかりです。

町はすっかりお祭りの支度を終えていました。今夜はケンタウル祭——天の川に関わりの深い、この町いちばんのお祭りです。

川べりに灯された烏瓜のあかりが、橙と金に揺れています。子どもたちは川へ燈籠を流すために走り回り、笑い声が水面に反射して、町じゅうがやわらかい光に包まれていました。

ジョバンニには、その光が眩しすぎました。

橋のたもとで、ザネリたちがまた声を上げました。

「ジョバンニ、銀河のお祭りなのに暗い顔してるなあ」「螺の上着が届いたら、おいでよ」

笑い声がいくつも重なりました。カムパネルラはその輪の中にいましたが、笑ってはいませんでした。ただ困ったような顔で黙っていました。

ジョバンニは何も言わず、人混みを抜けて歩き出しました。町のはずれへ。丘の上へ。誰もいないところへ。

丘の上には芒が風に揺れているだけでした。

ジョバンニは草の上に寝転びました。空を見上げると、天の川が白く大きく横たわっています。あの白い光のひとつひとつが、途方もなく遠い星だということを、ジョバンニは知っていました。

——カムパネルラと一緒に、あの星の向こうまで行けたらいいのに。

そう思った瞬間でした。

目の前が突然、まばゆい光に包まれました。

天の川の上を走る銀河鉄道の汽車、窓から星々が見える

気がつくと、ジョバンニは小さな汽車の中に座っていました。

窓の外には、見たこともない景色が広がっています。空は黒いのではなく、深い藍色で、どこを見ても星が散りばめられていました。線路の両側には三角標が青白く光り、はるか下に天の川が流れています——いいえ、汽車は天の川の上を走っているのでした。

向かいの席に、誰かが座っていました。

カムパネルラでした。

「カムパネルラ、きみもここにいたのか」

ジョバンニは嬉しくなって声をかけました。カムパネルラは少し寂しそうに、けれど穏やかに微笑みました。

「うん。ずいぶん遠くまで来たね」

窓の外では、天の川が光の粒を散らしながら流れています。水晶のように透き通った水の底に、白い砂が敷きつめられ、小さな石英のかけらがきらきらときらめいて見えました。

車掌がやってきて、切符を見せるように言いました。

カムパネルラは鼠色の小さな切符を持っていました。

ジョバンニがポケットをさぐると、大きな緑色の紙が出てきました。車掌はそれを見て目を見開きました。

「これは——どこまでも行ける切符です。こんな切符は見たことがありません。銀河のどこでも、銀河の果てまでも、どこでも行けるのです」

ジョバンニには、その意味がよくわかりませんでした。ただ嬉しくて、カムパネルラの方を見ました。カムパネルラは窓の外を見つめたまま、何か考え込んでいるようでした。

汽車は白鳥の停車場に止まりました。

プラットホームに降りると、天の川の河原が広がっていて、大学士たちが何かを掘り出しています。白鳥の化石だと言いました。天の川の砂の中から、大昔の星の生きものの骨が出てくるのだそうです。

ジョバンニとカムパネルラは、砂の上を歩きました。足元から水が湧いて、燐光のように青白く光ります。

「空にも化石があるなんて」

ジョバンニがつぶやくと、カムパネルラは微笑んで言いました。

「星も生まれて、死んで、痕跡を残すんだね」

銀色の芒が果てしなく広がる星の野原、三角標が青白く光る

汽車が再び走り出すと、線路の両側にどこまでも続く芒の野原が現れました。

銀色の穂が風に揺れて、まるで天の川からこぼれた光を集めたようにきらめいています。その向こうには、青白い三角標が点々と並び、空の果てまで続いていくように見えました。

ジョバンニは思わず息を呑みました。こんなに美しいものを見たことがありません。

「カムパネルラ、すごいね」「うん。……すごい」

カムパネルラの声は嬉しそうでしたが、どこか遠くの方を見ているようでもありました。

ある駅から、三人の乗客が乗り込んできました。

黒い洋服を着た青年と、小さな男の子と女の子です。女の子はりんごを持っていました。

青年が静かに話し始めました。

「わたしたちは船に乗っていたのです。氷山にぶつかりました。ボートには子どもたちを先に。わたしはこの子たちの家庭教師でしたから、最後まで一緒にいようと決めたのです」

女の子がジョバンニの方を見て、にっこりと笑いました。

「わたしたち、神さまのところへ行くの」

女の子が目を輝かせて言いました。

「あのね、蠍のお話を知っている?」

むかし、原っぱに一匹の蠍がいて、ほかの虫を捕まえては食べていました。ある日、鼬に追いかけられて逃げるうちに、井戸の中に落ちてしまったのです。

溺れながら、蠍は思いました。

——ああ、わたしはこれまでたくさんの命をとってきた。鼬に捕まったとき、なぜ素直に体をあげなかったのだろう。そうすれば鼬は一日生きのびられたのに。

——神さま、どうか次には、こんなむなしく命を捨てるのではなく、みんなの本当の幸いのために、わたしの体をお使いください。

そう祈ったとき、蠍の体は真っ赤な美しい火になって、夜の空に燃え上がりました。

それがアンタレス——蠍の星座の心臓の星です。今でも夜空で赤く燃えているのは、あの蠍の祈りなのです。

ジョバンニは胸が熱くなりました。

——僕も、蠍のように、みんなの本当のさいわいのために、体を使えたらいいのに。

南十字星の白い光が空に立ち昇り、乗客たちがその光の中へ降りていく

汽車が南十字のあたりに差しかかると、空の色が変わりました。

深い紺碧の底から、白い光の十字架がまっすぐに立ち昇っています。その光はあまりに清らかで、見ていると胸の奥が洗われるようでした。

あの青年と子どもたちが、席を立ちました。

「ここが本当の天上です。わたしたちはここで降ります」

女の子がジョバンニに手を振りました。

「さようなら。あなたはもっと遠くまで行けるのね」

三人の姿は、十字架の光に溶けるように消えていきました。

多くの乗客が南十字で降りていきました。

汽車の中は急にがらんとして、ジョバンニとカムパネルラだけが残されました。

カムパネルラはずっと窓の外を見つめていました。その目には、さっきの十字架の光がまだ映っているようでした。

「カムパネルラ、僕たちどこまでも一緒に行こう。本当の天上よりも、もっと遠くまで——」

ジョバンニは声に力を込めて言いました。

「僕はもう、あのさそりのように、みんなの本当のさいわいのために——僕の体なんか百ぺん灼いてもかまわない」

「うん。僕だってそうだ」

カムパネルラの声は静かで、けれどどこか覚悟のようなものが滲んでいました。

「けれど、本当にどんなことが幸せなのかわからないのだ。僕にはまだわからない」

カムパネルラはそう言って、また窓の外を見ました。天の川の水が燐光のように光って流れています。

ジョバンニはカムパネルラに何か言おうとしました。

けれど、ふと気がつくと——カムパネルラの席は、空でした。

いつの間にか、カムパネルラはいなくなっていたのです。

「カムパネルラ、カムパネルラ——」

ジョバンニは叫びました。けれど声は汽車の音に吸い込まれて消えていきます。窓の外は暗くなり、星だけが冷たく瞬いていました。

——目を開けると、丘の上でした。

芒が風にざわざわと揺れています。町の方から、お祭りの笛の音が聞こえてきます。烏瓜のあかりが、遠くにちらちら見えました。

夢だったのでしょうか。体が冷えていました。どのくらい眠っていたのか、わかりませんでした。

提灯の光が川面を照らし、人々が岸辺に集まっている夜の川

ジョバンニは丘を駆け下りました。牛乳をもらわなくてはなりません。お母さんが待っています。

牛乳屋の角を曲がると、川の方がひどく騒がしいのに気がつきました。提灯を持った人々が走っています。

「何かあったの」

近くにいた女の人が、息を切らしながら言いました。

「子どもが川に落ちたのよ。ザネリが流されて——カムパネルラという子が飛び込んで助けたんだけど、そのまま……」

ジョバンニは立ちすくみました。

川べりに人垣ができています。カムパネルラのお父さんが、じっと水面を見つめていました。その顔は悲しいというより、何かをすべて受け容れたような、静かな表情でした。

ザネリは助かっていました。毛布にくるまれて、ぶるぶる震えています。

「もう四十五分です。もう駄目でしょう」

カムパネルラのお父さんが静かに言いました。

ジョバンニの頭の中で、あの汽車のことが蘇りました。カムパネルラの寂しそうな微笑み。窓の外をじっと見つめていたあの目。空になった席。

——カムパネルラは、知っていたのだ。

あの汽車の中で、自分がどこへ向かっているのか。南十字の光が何を意味するのか。鼠色の小さな切符が、どこまでしか行けない切符だったのか。

それでもカムパネルラは、ジョバンニと一緒に乗っていてくれた。最後まで——消える直前まで。

ジョバンニのほおを涙が伝いました。

——カムパネルラ。きみと僕は本当に一緒に行こうとしたんだ。どこまでも、どこまでも。

けれどきみの切符は、ここまでだった。

ジョバンニは牛乳の瓶を抱えて、暗い道を歩いていきました。

お母さんに届けなければなりません。そしてその足で、停車場まで行くのです。北の海から帰ってくるはずの父を待つために。

空を見上げると、天の川が白く大きく、丘の上で見たのと同じように横たわっていました。

ジョバンニは歩き続けました。涙を拭って、瓶をしっかり抱えて。

——僕はきっと、本当のさいわいを探す。カムパネルラの分まで。

その背中を、銀河の光が静かに照らしていました。

おしまい

——物語の奥にあるもの

宮沢賢治はこの物語を一九二四年に書き始め、一九三三年に三十七歳で亡くなるまで、四度にわたって書き直し続けました。完成原稿は存在しません。わたしたちが読んでいるのは、遺された原稿の束から研究者たちが再構成したものです。つまり『銀河鉄道の夜』とは、作者自身にとっても「終わらなかった旅」なのです。

船の遭難から乗り込んでくる家庭教師と子どもたち——彼らが乗っていた船は、一九一二年に沈んだタイタニック号を強く示唆しています。氷山、ボート、子どもを先に。彼らは死者であり、天上へ向かう途上の魂です。つまりこの銀河鉄道は、生者と死者が束の間すれ違う場所——カムパネルラもまた、すでにこの世を去った後だったのです。汽車の旅の全体が、ジョバンニの無意識の中で行われた、親友との最後の時間でした。

「本当のさいわい」——賢治が生涯をかけて問い続けた言葉です。法華経に深く帰依した賢治にとって、個人の幸福は全体の幸福と切り離せないものでした。蠍の火の挿話はその象徴です。自分の命を他者のために捧げたいと祈った蠍。そして賢治自身もまた、岩手の農民たちのために身を削り、栄養失調と過労の中で若くして命を落としました。

「どこまでも行ける切符」「鼠色の小さな切符」——ジョバンニは生きているから、どこへでも行ける。カムパネルラはもう死んでいるから、南十字の先へしか行けない。この二枚の切符の対比こそが、物語の最も静かで残酷な核心です。生き残った者には無限の可能性がある。しかしそれは、隣の席が空になったあとに渡される切符なのです。