
新美南吉
これは、わたしが小さいときに、村の茂平というおじいさんから聞いたお話です。
むかし、ある村に「ごん」という名の小さな狐がいました。ごんは一人ぼっちの子狐で、中山の奥の小さな穴に住んでいました。
ごんは昼も夜もあたりをうろつき回っては、いたずらばかりしていました。畑の芋を掘り散らかしたり、菜種がらの干してあるのに火をつけたり、百姓家の裏手に吊るしてある唐辛子をもいでいったり——村の人たちは、何かあるとすぐ「またごんぎつねのしわざだ」と言いました。

ある秋の日のことでした。
ごんが川べりを歩いていると、兵十という百姓が川に浸かって何かしていました。見ると、兵十は魚籠の中にたくさんの魚や鰻を泳がせていました。
「しめしめ」
ごんはにやりと笑いました。兵十が向こうへ行ったすきに、魚籠に飛びつきました。魚をぽんぽんと川の中へ投げ込み、最後に大きな鰻をつかみ出して、首に巻きつけたまま走って逃げました。
十日ほどたって、ごんは村の小川の方へ出かけていきました。
すると、いつもは関わりのない村の人々が、みなそろって同じ方へ歩いていくのが見えました。白い着物を着た人たちが列になって、何かを担いで歩いています。
「おや、お葬式だ」
ごんは墓地の手前の楠の木のかげに隠れて、そっと見ていました。よく見ると、列の先頭にいるのは兵十でした。
「ああ、あれは兵十のおっかあのお葬式だ」

ごんは木の蔭でじっと考え込みました。
「兵十のおっかあは、床に臥せっていたんだ。あの鰻は——そうだ、あの鰻は、病気のおっかあに食べさせるために捕ったんだ」
ごんの胸が、ずきんと痛みました。
「おっかあは、鰻が食べたいと言っていたに違いない。それなのに、おれが横取りしてしまった。おっかあは、鰻を食べることもできないまま、死んでしまったんだ」
ごんはしゅんとうなだれました。秋の風が、小さな耳のあいだを吹き抜けていきました。
兵十が一人になった家を、ごんはときどき遠くから眺めていました。
おっかあがいなくなった家は、ひっそりと静まり返っています。兵十はひとりで飯をたき、ひとりで畑を耕し、ひとりで夜を過ごしていました。
ごんは思いました。
「おっかあを亡くした兵十は、おれと同じ一人ぼっちだ」
そう思うと、いたずらなんかしたことが、どうしようもなく辛くなりました。
次の日、ごんは山で栗をどっさり拾いました。
それを抱えて、兵十の家までこっそり忍んでいきました。裏口から覗くと、兵十は出かけているようです。ごんは土間に栗を置いて、急いで逃げ出しました。
次の日も、ごんは栗を持っていきました。その次の日も。
そのうちに栗だけでは足りない気がして、山で松茸を見つけると、それも一緒に持っていくようになりました。
ある日、ごんは弥助という百姓の家の裏で、お神さんが大きな鍋の前にしゃがんでいるのを見ました。何をしているのかと覗いてみると、鍋の中で鰯を煮ていました。
ごんは「よし」と思いました。
鰯の残りを何匹かくわえて、兵十の家まで走り、いつものように裏口からそっと投げ込みました。
ところが、これが間違いのもとでした。兵十は村の人たちから「おまえは鰯泥棒だ」と叱られてしまったのです。ごんは、それを知りませんでした。

「鰯のことは、やめにしよう」
ごんはそう思いました。それからは、毎日毎日、栗と松茸だけを持っていきました。
雨の日も、風の日も。小さな体に栗をいっぱい抱えて、とことこと兵十の家まで通いました。ごんの手は栗の毬で傷だらけになりました。けれどごんは気にしませんでした。
こうして何日も何日も、ごんの償いは続きました。
兵十は不思議に思っていました。
毎日、誰かが家に栗や松茸を置いていくのです。けれど誰がそんなことをしてくれるのか、見当もつきません。
ある日、兵十は友達の加助に話しました。
「おれの家に誰かが毎日、栗や松茸を持ってきてくれるんだ」
加助はしばらく考えてから言いました。
「そりゃあ、きっと神さまのしわざだぞ」
兵十はうなずきました。「うん、そうかもしれない」
ごんは、ふたりの話を物蔭で聞いていました。
「神さまのしわざだって。おれは神さまじゃないのに」
ごんはがっかりしました。自分がやっていることを、兵十は知らないのです。自分の名前は出てきませんでした。
「おれが持っていってるのに。毎日、毎日、おれが——」
けれどごんは、次の日もまた栗を拾いに山へ入りました。知ってもらえなくても、やめるわけにはいきませんでした。
その次の日のことでした。
ごんはいつものように栗を抱えて、兵十の家にやってきました。裏口のところまで来て、そっと中を覗きました。兵十はいないようです。
ごんは体を低くして、土間に滑り込みました。
ちょうどそのとき——兵十が納屋から出てきたのです。
兵十の目が、家の中に忍び込む小さな狐の姿を捉えました。
「またいたずら狐め」
兵十は火縄銃を取り上げました。
ごんが振り向いたとき、もう遅かった。
ドン。
轟きが秋の空に響きました。ごんはばたりと倒れました。

兵十が駆け寄ると、土間の入り口に栗が散らばっていました。
ごんの小さな口からこぼれ落ちた、いくつもの栗。
兵十は手から銃を取り落としました。
「ごん、おまえだったのか。いつも栗をくれたのは」
ごんは血に塗れた体で横たわったまま、ぐったりと目をつぶりました。そして——かすかに、うなずきました。
火縄銃から、まだ青い煙が細く立ちのぼっていました。
おしまい
——物語の奥にあるもの
新美南吉は一九一三年、愛知県半田市に生まれました。この「ごんぎつね」を書いたのは十八歳のとき。雑誌『赤い鳥』に投稿され、鈴木三重吉の目に留まって掲載されました。南吉はその後も珠玉の童話を書き続けましたが、結核のため二十九歳でこの世を去りました。享年わずか二十九——その短い生涯で残した作品の多くに、「伝わらない」ことへの痛みが通奏低音のように流れています。
ごんの愛の形は「贈りもの」です。栗を拾い、松茸を採り、傷だらけの手で毎日運び続ける。しかし兵十はそれを「神さまのしわざ」だと思い、ごんの名前は一度も呼ばれません。ごんは言葉を持たない狐だから、「おれだよ」と言うことができない。黙って差し出すことしかできない。そしてようやく通じた瞬間——それは銃弾が体を貫いた、まさにその瞬間でした。理解と喪失が完全に同時に訪れるという、これほど残酷な構造があるでしょうか。
この物語は日本の小学校国語教科書に長年採用され、ほとんどの日本人が子どものころに読んでいます。けれど大人になって読み返すと、子どもの頃には見えなかった層が現れます。ごんの贖罪は自己満足だったのか、それとも本物の愛だったのか。兵十は本当に「わかった」のか、それとも取り返しのつかないことをした衝撃で呆然としていただけなのか。そして最後の「うなずき」——物語全体でごんと兵十のあいだに交わされた、たった一度だけの「対話」。言葉のない頷きが、ふたりの唯一の意思疎通であったということ。あなたの人生にも、撃たれてからようやく気づかれた「ごん」はいませんでしたか。