
グリム童話より
大きな森のほとりに、貧しい木こりが暮らしておりました。妻と、ふたりの子ども——兄のヘンゼルと妹のグレーテル。
その日の糧にも事欠くような暮らしが続いていました。やがて国中にひどい飢饉が広がり、もはやパンさえ手に入らなくなりました。
ある晩、父親が寝床で寝返りを打ちながら呻きました。妻が囁きます。
「明日、子どもたちを森の奥深くへ連れて行きましょう。竈の火を焚いてやり、パンをひとかけ持たせて、あとは置いてくるのです。」
「そんなことはできない。」父親は言いました。けれど妻は、このままでは四人とも飢え死にだと繰り返しました。ついに父親は押し切られました。
ふたりの子どもは、空腹で眠れずにいました。壁越しに両親の話し声が聞こえていたのです。
グレーテルが泣き出しました。ヘンゼルはそっと妹の手を握りました。
「泣かないで。僕がなんとかするから。」
月が高く昇った頃、ヘンゼルはそっと戸口から外へ出ました。月の光を浴びて、家の前の小石が銀貨のように白く光っていました。ポケットにいっぱい拾い集め、ヘンゼルは静かに部屋へ戻りました。
夜が明けきらぬうちに、継母が子どもたちを起こしました。
「さあ、森へ行くよ。薪を拾いに行くんだ。」
ひとかけらずつのパンを渡され、四人は歩き始めました。ヘンゼルは何度も振り返りながら歩きました。父親が不思議に思って尋ねます。
「何を見ているんだ。」
「屋根の上の白い猫に手を振っているのです。」
けれどそれは猫ではありません。ヘンゼルはポケットの白い小石を、ひとつ、またひとつと道に落としていたのです。
森の奥深くで、父親は竈の火を焚きました。継母が言います。
「ここで休んでおいで。仕事が終わったら迎えに来るからね。」
ふたりは火のそばで待ちました。やがて暗くなり、火も消えました。迎えは来ませんでした。
グレーテルがまた泣きました。けれどヘンゼルは言いました。
「月が出るまで待つんだ。」
月が昇ると、小石が白い銀の道のように浮かび上がりました。ヘンゼルはグレーテルの手を取り、石をたどって歩きました。
夜通し歩いて、朝が来る頃、ふたりはようやく我が家の前に立っていました。
父親は子どもたちの姿を見て、胸の底から息をつきました。けれど継母は舌打ちをしました。
まもなく、飢えはさらにひどくなりました。ある晩、またあの声が聞こえてきます。
「今度こそ、もっと奥へ連れて行くのです。帰り道がわからないように。」
ヘンゼルは夜中に石を拾いに行こうとしました。けれど今度は戸に鍵がかけられていました。
朝、渡されたパンのかけらは前より小さくなっていました。ヘンゼルはそれを細かくちぎり、ポケットに入れました。

森へ向かう道すがら、ヘンゼルはパンくずをひとつずつ道に落としていきました。
また同じように火を焚かれ、置き去りにされました。月が出るのを待って道を探しましたが——パンくずはどこにもありませんでした。
何千という森の鳥たちが、すべて啄んでしまったのです。
「大丈夫、きっと道は見つかるよ。」
ヘンゼルはそう言いましたが、三日歩いても森を出ることはできませんでした。

三日目の昼、まっ白な小鳥が枝の上で歌っていました。あまりに美しい声に誘われてついてゆくと、ふいに木々が開け、一軒の小さな家が現れました。
その家は——パンでできた壁、砂糖菓子の屋根、透きとおった飴の窓でできていました。
飢えきったふたりにとって、それは夢のような光景でした。ヘンゼルは屋根に手を伸ばし、グレーテルは窓を舐めました。
すると、家の中から細い声が聞こえました。
「かりかりかりかり、ねずみかな。わたしのおうちをかじるのは、だあれ。」
ふたりは答えました。「風ですよ、風。」
構わず食べ続けていると、戸がぎいと開き、杖をついた年老いた女が出てきました。やさしく笑って言います。
「まあまあ、お腹が空いているのね。中においで。ご馳走してあげましょう。」
ホットケーキに林檎、ミルクに砂糖がけのナッツ。白い寝床まで用意してくれました。ヘンゼルとグレーテルは、天国にでも来たのだと思いました。
けれど老婆の親切は見せかけでした。あの菓子の家は、子どもをおびき寄せるための罠だったのです。
老婆の正体は、人を食う魔女でした。赤い目は遠くまで見えず、けれど獣のように鼻が利く。子どもが近づけば、すぐにわかるのです。
翌朝、まだ暗いうちに魔女はヘンゼルを乱暴に引きずり出し、格子のついた小さな檻に押し込めました。いくら叫んでも無駄でした。
次にグレーテルを揺り起こして怒鳴ります。
「起きな。水を汲んで、兄さんにうまいものを食わせるんだ。太らせたら、食べてやるからね。」
グレーテルは泣きながら従うほかありませんでした。
毎朝、魔女は檻のところへ来て言いました。
「ヘンゼル、指を出しな。太ったかどうか確かめてやる。」
けれどヘンゼルは指の代わりに、小さな骨を差し出しました。目の悪い魔女はそれに気づかず、いつまでも痩せたままだと不思議がりました。
四週間が過ぎました。
とうとう魔女はしびれを切らしました。
「太ろうが痩せようが、もう構わない。明日ヘンゼルを煮て食う。」
朝になると魔女はグレーテルに命じました。
「かまどの火を起こせ。パンを焼く。」
かまどの炎が赤々と燃え上がりました。魔女が言います。
「中を覗いて、ちょうどいい温度か確かめておくれ。」
グレーテルは知っていました。覗き込んだ瞬間、押し込まれるのだと。

「やり方がわからないの。どうやって中に入ればいいの。」
グレーテルはとぼけました。
「馬鹿な子だね。こうやるんだよ。」
魔女がかまどの口に頭を突っ込んだ瞬間——グレーテルは渾身の力で魔女を押しました。
鉄の扉を閉め、閂を下ろしました。
恐ろしい叫び声が響きましたが、グレーテルはもう振り向きませんでした。
グレーテルは走りました。檻を開け、ヘンゼルを抱きしめました。
「お兄ちゃん、魔女は死んだわ。もう大丈夫。」
ふたりは泣きながら踊りました。魔女の家じゅうを探すと、あちこちの隅に真珠や宝石の箱が隠されていました。ヘンゼルがポケットいっぱいに詰め込み、グレーテルもエプロンに包みました。
「さあ帰ろう。この森から出るんだ。」
何時間も歩くうちに、見覚えのある道に出ました。やがて我が家の屋根が見えてきました。
父親は椅子に座ったまま、生気のない顔をしていました。子どもたちを手放してから、一日として安らかな日はなかったのです。継母はすでにこの世を去っていました。
グレーテルがエプロンをひろげると、真珠が転がり出ました。ヘンゼルも次々にポケットから宝石を取り出しました。
すべての苦しみは終わりました。三人は静かに、ふたたび一緒に暮らし始めました。
おしまい
——物語の奥にあるもの
一三一五年の大飢饉を知っていますか。北ヨーロッパ全土で作物が壊滅し、親が子を森に置き去りにした記録が実際に残っています。この物語は比喩ではなく記憶です。「食べるものがない」という恐怖が世代を超えて語り継がれ、やがて物語の形をとった。菓子の家は、飢えた者にだけ見える甘い罠——苦しみの果てに差し出されるものが、すべて善意とは限りません。
注目すべきは、継母が死ぬのと魔女が焼かれるのが同時であることです。多くの研究者が指摘するように、ふたりは同一人物の分身——「食べさせてくれない母」と「食べようとする母」という、飢えをめぐる恐怖の両面です。グリム初版では「母」だった記述が後に「継母」に改変されたことも、この読みを裏づけます。そしてヘンゼルの白い小石は計画する理性の象徴ですが、二度目のパンくずは自然に呑まれて消えます。用意周到さには限界がある——理性が閉じ込められた檻のなかで、最後に道を切り拓いたのは、グレーテルの即興の勇気でした。大人の物語で英雄が男性であった時代に、救済者が少女であること。それ自体が、この物語の静かな転覆です。
帰り道で渡る水辺は、通過儀礼の境界線です。白い鳥がふたりを一人ずつ対岸へ運ぶ——一緒には渡れないということは、成熟とは他者と分かれてでも自分の足で立つことだと告げています。森に入った子どもと、森から出た子どもは、もう同じ人間ではありません。