金太郎の表紙

金太郎

日本昔話より

むかし、むかし——。

相模の国と駿河の国のあいだに、足柄山という深い深い山がございました。

人の寄りつかぬ山奥の窪地に、粗末な庵がひとつ。そこに、ひとりの女が幼子を抱いて暮らしておりました。

女の名は山姥——あるいは、かつて別の名を持っていたのかもしれませぬ。都を追われたのか、自ら山に入ったのか、その来歴を知る者はもうおりませんでした。

その子の名を金太郎と申しました。

丸々と太った赤子は、肌着のかわりに赤い腹掛けをひとつだけ身につけ、生まれたときから山の空気を吸って育ちました。

母は木の実を集め、山芋を掘り、清水を汲んで子を養いました。子守唄のかわりに聞こえるのは梟の声と、谷を渡る風の音ばかりでございます。

けれども金太郎は、泣くことを知らぬ子でございました。母の腹掛けに包まれ、木漏れ日の下でいつも笑っておりました。

金太郎は恐ろしいほどの速さで大きくなりました。

三つになると、庵の裏の杉を素手で揺すって団栗を落としました。五つになると、熊の背に乗って山を駆け回りました。七つになったとき、太い樅の木を根元から引き抜いて母に薪を作ってやりました。

母はそのたびに目を丸くし、そして少し寂しそうに笑いました。

この子は、いつまでもこの山にはいない——そんな予感が、母の胸の奥にはありました。

金太郎の友は、山の獣たちでございました。

熊、鹿、兎、猿——みな金太郎を慕い、朝になると庵の前に集まってまいります。

「さあ、今日は何をして遊ぶ」

金太郎がそう言うと、獣たちは尾を振り、耳を立て、目を輝かせました。

言葉が通じていたのでございます。山の奥で人の言葉を知らずに育った子は、かわりに獣の言葉を覚えたのか。あるいは、金太郎の声には種を超えて伝わる何かがあったのか——それは誰にもわかりませぬ。

山の空地で熊と相撲をとる金太郎と、周りで見守る獣たち

金太郎が最も好んだ遊びは、相撲でございました。

山の空地に土俵を描き、獣たちを組ませるのです。

「熊と鹿、はっけよい、のこった!」

行司を気取って声を張り上げますが、すぐに自分も参加してしまいます。猿を片手で持ち上げ、兎を頭の上に乗せ、そして最後には熊と四つに組みました。

熊は山の王でございます。太い腕で金太郎を締め上げようとしますが、金太郎はびくともいたしません。むしろ笑いながら熊を持ち上げ、どすんと地面に転がしてしまいました。

「金太郎の勝ち!」

獣たちが一斉に声をあげ、山じゅうに歓声が木霊したのでございます。

ある秋の日のことでございます。

金太郎は獣たちを連れて山の奥へ分け入りました。谷を越え、尾根を伝い、まだ見ぬ場所を探していたとき、深い渓谷に出ました。

底のほうで水が白く泡立ち、岩と岩のあいだを轟々と流れております。渡るすべはありません。

鹿が足を竦ませ、兎が震え、猿が木の上で首をかしげました。

渓谷に大杉を倒して橋を架ける金太郎

金太郎は渓谷のふちに立ち、しばらく考えました。

そして、傍らにそびえる一本の大杉に目をとめました。幹の周りは大人が三人で手を回しても届かぬほどの巨木でございます。

金太郎はその根元に両手をかけ、大きく息を吸い込みました。

めりめりめり——

地鳴りのような音とともに、根が千切れ、巨木がゆっくりと傾きはじめました。金太郎が幹を押すと、大杉はごうっと風を切って渓谷の上に倒れ、見事に対岸まで届いたのでございます。

天然の橋が架かりました。

獣たちは呆然と立ち尽くし、それから争うようにして丸太の橋を渡ってまいりました。

その光景を、木陰からじっと見ている者がおりました。

源頼光——摂津守にして都随一の武人でございます。家来を引き連れ足柄の山道を越える途中、獣と遊ぶ異様な子どもの噂を聞き、自ら確かめに来たのでした。

頼光は目を瞠りました。

齢十にも満たぬ子が、大の大人でも動かせぬ巨木を素手で倒す。しかも獣たちが慕い従っている。これは尋常の子ではない。

頼光は庵を訪ね、山姥に向かい合いました。

「この子の力、山に埋もれさせるには惜しい。京に連れ帰り、武士として育てたい」

山姥は長い沈黙のあと、静かに答えました。

「この子は——もとは都の武家の血を引く子でございます。父は坂田蔵人と申しましたが、讒言によって命を落としました。私は子を抱いてこの山に逃げたのです」

頼光は居住まいを正しました。

「ならばなおさらだ。この子には、父の無念を雪ぐ道がある」

山姥の目から、一筋の涙がこぼれました。

足柄山を下りていく金太郎を見送る山姥と動物たち

出立の朝が参りました。

母は金太郎にあの赤い腹掛けを着せ、額の汗を拭ってやりました。金太郎は生まれて初めて、母の手が震えていることに気づきました。

「母上、必ず立派な武士になって戻ります」

「ええ、ええ。おまえならきっと」

山姥は微笑みました。涙を堪えた、精いっぱいの笑顔でございました。

熊が低く唸り、鹿が首を垂れ、兎が足元にすり寄りました。猿は木の上で何度も何度も手を振りました。

金太郎は一度だけ振り返り、それから足柄山を下りていったのでございます。

京に上った金太郎は、坂田金時という武名を授かりました。

頼光のもとで剣を学び、馬を駆り、兵法を修めました。山で培った怪力に武芸の型が加わると、金時は頼光の家臣の中でも群を抜く存在となりました。

渡辺綱、卜部季武、碓井貞光——名だたる武者たちとともに、金時は源頼光の四天王と呼ばれるようになったのでございます。

かつて獣たちと相撲をとっていた山の子が、都の武士の頂に立ったのです。

やがて、四天王に大きな使命が下りました。

丹波の国の大江山に、酒呑童子という鬼の首領が棲みついているというのです。旅人をさらい、都の姫君を攫い、酒を呑んでは人を喰らう——人の世を蝕む大禍でございました。

頼光は四天王を率い、山伏に身をやつして大江山に乗り込みました。

毒酒を鬼に呑ませ、眠りに落ちたところを四天王が一斉に襲いかかったのでございます。

酒呑童子は凄まじい鬼でございました。

毒酒を呑んでなお起き上がり、炎を吐き、大地を震わせて暴れました。並の武者ならばおびんでいたことでしょう。

しかし金時はおびみませんでした。足柄の山で熊と組んだ日々が、渓谷に巨木を倒した力が、全て——この一瞬のためにあったのだと、体が識っておりました。

金時は鬼の腕を掴み、渾身の力で投げ飛ばしました。頼光の太刀が閃き、酒呑童子の首が落ちました。

大江山に、静寂が戻ったのでございます。

都に凱旋した四天王を、人々は歓呼の声で迎えました。

けれども坂田金時は、宴の喧騒を抜け出して、ひとり空を見上げておりました。

足柄山の方角に、木犀の香りがするような気がいたしました。

あの山で、母は今も庵の前に立って待っているのだろうか。熊は元気だろうか。猿はまだ木の上で手を振っているだろうか。

金時は静かに手を合わせました。

——母上。あなたの子は、約束を果たしました。

おしまい

——物語の奥にあるもの

坂田金時は実在の人物である。源頼光(948-1021)に仕えた武将で、渡辺綱らとともに四天王と称された。大江山の酒呑童子退治は『御伽草子』に詳しいが、史実と伝説の境界は曖昧なままである。

興味深いのは母・山姥の存在だ。他の説話では山姥は人を喰らう鬼女として描かれるが、金太郎譚では慈愛に満ちた母である。人と妖の境界に立つ女が、人の世の英雄を育てる——この構造は「異界の力が人の世を救う」という日本神話の深層に通じている。

金太郎の像は端午の節句(五月五日)に飾られる。鎧兜とともに金太郎人形を置くのは、男児の健やかな成長を願う風習である。また「金太郎飴」はどこを切っても同じ顔が出る飴で、「どこでも同じ」の意味で使われるが、元は彼の変わらぬ強さと健康の象徴であった。

本質的に、金太郎は「野生児」の原型である。文明の外で育ち、自然の力を体現する子ども——モーグリ、ターザン、ロムルスと同じ系譜だ。社会の外で育った者が社会を救うという逆説は、文明そのものへの問いを含んでいる。そして山を下りることは、子ども時代の終わりを意味する。ひとりで子を育てた母は、その子を手放さなければならない。英雄の旅立ちの陰には、いつも残される者の沈黙がある。