
サン=テグジュペリ
王子さまが降り立ったのは、地球——六番目ではなく、七番目の惑星でした。
そこはアフリカの砂漠のただなかでした。
見渡すかぎり、砂と岩と沈黙。人の姿はどこにもありません。
「地球の人たちは、どこにいるのだろう」
王子さまは不安になりました。自分が降りた場所を間違えたのではないかと思ったのです。
そのとき、月の光のなかに、金色の輪のようなものがきらりと光りました。
ヘビでした。
「おや」とヘビは言いました。「人間かい。ここは砂漠だよ」
「うん。地球って、ずいぶん乾いているんだね。人は、どこにいるの?」
「人間は」とヘビは静かに答えました。「風に吹かれて生きている。根っこがないからね」
王子さまはヘビをじっと見つめました。こんなに細くて頼りない生きものなのに、その言葉には何か重たいものがありました。
「きみは弱そうだね」と王子さまは言いました。「足もないし」
「でもね」とヘビは言いました。「ぼくが触れたものは、みんな元いた土に還してあげられるんだよ。もし自分の星が恋しくなったら——ぼくが手伝ってあげてもいい」
王子さまはヘビの言葉の意味を、そのときは解りませんでした。
けれどヘビの目の奥にあるものが、ずっと後になって、忘れられなくなるのです。
砂漠を歩き続けると、高い山がありました。王子さまは頂上に登って、あたりを見渡しました。
「こんなに高いところに来れば、この星の全部が見えるだろう」
けれど見えたのは、尖った岩と、果てしない砂の畝だけでした。
「やあ」と王子さまは声をかけてみました。
「やあ……やあ……やあ……」と山が答えました。
「変な星だな」と王子さまは思いました。「乾いていて、尖っていて、塩辛い。それに人間には想像力がない。言われたことをそのまま繰り返すだけだ」
それからしばらく歩いていると、砂のなかに一本の花が咲いていました。
三枚の花びらしかない、ありふれた花です。
「こんにちは」と王子さまは言いました。
「こんにちは」と花は答えました。
「人間は、どこにいるの?」
花はいつか隊商が通るのを見たことがありました。
「人間ね? たしか六人か七人いたわ。何年も前に見かけたきり。でもどこにいるかなんて、わからないの。風に吹かれて動いているから。根っこがないのよ。不便よねえ」
王子さまは「さようなら」と言って、また歩き始めました。

そうしてたどり着いたのは、花の咲き乱れる庭でした。
バラの庭です。
五千本のバラが、いっせいに咲き誇っていました。どの花もみな、あの——自分の星に残してきた、たった一輪のバラにそっくりでした。
王子さまは立ち尽くしました。
「きみたちは、ぼくのバラに似ているね」と王子さまは五千本のバラに言いました。
「そうよ、わたしたちはバラですもの」と花たちは答えました。
王子さまはひどく惨めな気持ちになりました。
あの花は、自分に向かってこう言っていたのです。「わたしは世界にひとつだけの花よ」と。
それを信じていた。それなのに——ここには、同じ花が五千本もある。
王子さまは草の上に伏せって、泣きました。

そこへ、キツネが現れました。
「こんにちは」とキツネは言いました。
「こんにちは」と王子さまは振り向きました。涙のあとがまだ頬に残っていました。
「ぼくと遊んでよ」と王子さまは言いました。「ぼく、とても悲しいんだ」
「きみとは遊べないよ」とキツネは答えました。「ぼくは飼い慣らされていないから」
「飼い慣らすって、どういうこと?」
「それは」とキツネは言いました。「絆を作るってことさ」
「きみは今のぼくにとって、十万人の男の子と何も変わらない。きみがいなくても構わないし、きみだって、ぼくがいなくても構わない。ぼくはきみにとって、十万匹のキツネと同じだ。
でも、もしきみがぼくを飼い慣らしてくれたら——ぼくたちは、お互いを必要とするようになる。きみはぼくにとって、世界にたった一人の存在になる。ぼくもきみにとって、世界にたった一匹になるんだよ」
王子さまは少しずつ、わかり始めました。
「一輪の花がいてね……たぶん、あの花がぼくを飼い慣らしたんだ」
キツネは麦畑を見つめました。
「ぼくは小麦を食べない。麦畑はぼくには何の役にも立たない。だから悲しいことだけど、麦畑はぼくに何も思い出させない。
でも——きみの髪は金色だろう。もしきみがぼくを飼い慣らしてくれたら、あの金色の小麦を見るたびに、きみのことを思い出すようになるんだ。
そして風が麦の穂を揺らす音さえ、好きになる……」
キツネは黙りました。それから、長いこと王子さまを見つめました。
「お願いだから……飼い慣らしてよ」
「どうすればいいの?」と王子さまは訊きました。
「辛抱が要るんだ」とキツネは答えました。
「まず、ぼくからちょっと離れて、草の上にそうやって座るんだ。ぼくはきみを横目で見る。きみは何も言わない。言葉はね、誤解のもとなんだ。
でも、毎日少しずつ、近くに座れるようになる」
次の日、王子さまはまたやって来ました。
「同じ時間に来てくれたほうがいいんだ」とキツネは言いました。「たとえば四時に来てくれるなら、三時からぼくはもう幸せになり始める。時間が近づくにつれて、もっと幸せになる。四時になったら、もうそわそわして落ち着かない。幸福には値段があるってことがわかるんだ。
でも、もしいつ来るかわからなかったら、いつ心の準備をすればいいかわからないだろう。儀式が必要なんだよ」
こうして王子さまは、キツネを飼い慣らしました。
そして別れの時間がやって来ました。
「ああ」とキツネは言いました。「泣いてしまうよ」
「きみのせいだよ」と王子さまは言いました。「ぼくは、きみに悪いことなんてしたくなかったのに。きみのほうが飼い慣らしてくれって言ったんじゃないか」
「そうだよ」とキツネは言いました。
「でも、泣くんだろう」
「泣くよ」
「じゃあ、何にもいいことなんてないじゃないか」
「いいことはあるよ」とキツネは言いました。「麦の色のおかげでね」
キツネは王子さまに言いました。
「さっきのバラの庭に、もう一度行ってごらん。きみのバラが世界にたった一つだってことが、わかるから。
そして戻ってきたら、ぼくにお別れを言ってくれ。お礼に、秘密をひとつ教えてあげるよ」
王子さまはバラの庭に戻りました。
「きみたちは、ぼくのバラとは全然違う」と王子さまは五千本のバラに言いました。
「きみたちはきれいだけど、空っぽだ。きみたちのために死ぬ気にはなれない。もちろん、通りすがりの人が見たら、ぼくのバラもきみたちと同じだと思うだろう。
でも、あの一輪のほうが、きみたち全部よりも大切なんだ。だって、ぼくが水をやったのはあの花だから。ガラスの覆いをかけてやったのも、衝立で風を遮ってやったのも、あの花だから。愚痴を聞いてやったのも、自慢話を聞いてやったのも、ときには黙りこんでしまうのにつきあってやったのも。
だって——あの花はぼくの花だから」
王子さまはキツネのところに戻りました。
「さようなら」と王子さまは言いました。
「さようなら」とキツネは言いました。「さあ、秘密を教えてあげる。とても簡単なことだよ。
ものごとはね、心で見なくちゃ、よく見えない。大切なものは、目に見えないんだ」
「大切なものは、目に見えない」と王子さまは、忘れないように繰り返しました。
「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみがバラのために費やした時間なんだよ」
「ぼくが、バラのために費やした時間……」
「人間たちは、この真理を忘れてしまっている」とキツネは言いました。「でも、きみは忘れちゃいけない。
飼い慣らしたものには、いつまでも責任がある。きみは、きみのバラに責任があるんだ」
「ぼくは、ぼくのバラに責任がある」
王子さまは、忘れないように繰り返しました。
王子さまは旅を続けました。
線路の転轍を切り替える転轍手に会いました。列車が轟音を立てて通り過ぎていきます。
「みんな、どこへ行くの?」と王子さまは訊きました。
「乗っている本人たちも知らないよ」と転轍手は答えました。
「自分のいる場所に満足していないのかな」
「自分のいる場所に満足している人間は、一人もいないよ」
窓に顔を押しつけた子どもたちだけが、外を見ていました。
「子どもだけが、何を探しているか知っているんだね」と王子さまは言いました。「ぼろぼろの布の人形に時間を費やして、その人形がとても大切になる。取り上げられたら泣くんだ……」
「子どもは幸せだな」と転轍手は言いました。
それから王子さまは、のどの渇きを癒す丸薬を売る商人に会いました。
「これを一粒飲めば、一週間水を飲まなくて済む」
「どうしてそんなものを売っているの?」
「大変な時間の節約になるからさ。専門家の計算では、一週間に五十三分の節約になる」
「五十三分あったら、ぼくなら——」と王子さまは考えました。「泉に向かって、ゆっくり歩くだろうな」
さて、ぼく——飛行士——が王子さまの話を聞いていたのは、墜落したサハラ砂漠の真ん中でのことでした。
八日目の朝。持っていた水は、最後の一滴まで飲み干してしまいました。
「ぼくも喉が渇いた」と王子さまは言いました。「井戸を探そうよ」
「砂漠で井戸を探すなんて」とぼくは思いましたが、それでも歩き始めました。
何時間も黙って歩きました。やがて夜になり、星が瞬き始めました。
「星がきれいなのは、どこかに一本の花があるからだよ。目には見えないけど」と王子さまが言いました。
「砂漠がきれいなのは」と王子さまは続けました。「どこかに井戸を隠しているからなんだ」
ぼくは不意に、砂のこの神秘な輝きの理由がわかりました。

王子さまは歩きながら眠ってしまいました。ぼくは王子さまを抱き上げて、また歩きました。
胸が締めつけられるような気持ちでした。この子は、壊れやすい宝物を抱いているようでした。この地球の上に、これほど壊れやすいものはないと思いました。
月の光に照らされた、蒼白い額と、閉じたまぶたと、風に揺れる金色の髪を見ながら、ぼくは思いました。
——ぼくが見ているのは、殻にすぎない。いちばん大切なものは、目に見えないのだから……
夜明けのころ、井戸を見つけました。
村にある井戸とは違いました。サハラの井戸はただの砂の穴です。けれどこの井戸は、まるで村の井戸のように、滑車もバケツもありました。不思議な井戸でした。
ぼくが滑車を回すと、古い風見のように軋みました。
「聞こえるかい」と王子さまが言いました。「ぼくたちがこの井戸を起こしたんだ。この井戸が歌っているよ」
王子さまは水を飲みました。その水は、ただの水ではありませんでした。星空の下を歩いたこと、滑車の歌、ぼくの腕の力——そういうものから生まれた水でした。
「この星の人間たちは」と王子さまは言いました。「ひとつの庭に五千本ものバラを育てている。でも、自分の探しているものを見つけられない。
でも、探しているものは、たった一本のバラや、少しの水のなかに、見つかるかもしれないのにね」
「そうだね」とぼくは言いました。
「でも、目では見えないんだ。心で探さなくちゃ」
次の晩、ぼくが飛行機の修理を終えて戻ると、王子さまは古い石塀の上に座って、足をぶらぶらさせていました。
その下に——あの金色のヘビがいました。
「今夜、ぼくは帰るんだ」と王子さまは言いました。
声がどこまでも静かでした。
「今夜、ちょうど一年になる。ぼくの星が、ぼくが降りた場所の真上に来るんだ」
ぼくは胸が凍るようでした。
「王子さま、あのヘビの話は——悪い夢だ——そうだろう?」
王子さまはぼくの問いには答えず、こう言いました。
「大切なのは、目に見えないんだよ」

「怒らないで。ぼくの体は重すぎるんだ。あんな遠くまでは、持っていけない」
ぼくは黙っていました。
「わかるだろう。ただの古い抜け殻だよ。古い殻なんか、悲しがることはないよ……」
ぼくは黙っていました。
王子さまは少しだけ怯えていました。けれど微笑みました。
「きみに贈り物をあげるよ。夜、星を見てね。ぼくの星は小さすぎて、どれがそうか教えてあげられない。でもそのほうがいいんだ。きみにとっては、星の全部がぼくの星になるから。
きみが夜空を見上げると——そのどれかひとつで、ぼくが笑っている。だからきみにとっては、星の全部が笑っていることになる。
きみだけが、笑う星を持つんだよ」
王子さまは笑いました。それから、まじめな顔になりました。
「今夜は……来ないでね」
「きみのそばを離れない」とぼくは言いました。
「ぼくが苦しんでいるように見えるかもしれない。ぼくが死にかけているように見えるかもしれない。でも、来ないで。そんなの——見なくていいよ」
「きみのそばを離れない」
けれどその夜、王子さまはぼくに気づかれずに出かけていきました。追いついたとき、王子さまは決然とした足取りで歩いていました。
ただ一言だけ、言いました。
「ああ……きみ、来てくれたんだね」
そして、ぼくの手を取りました。
「いけないよ。辛いよ。ぼくは死んだように見えるだろうけど、本当じゃないんだ。わかるだろう。遠すぎるんだ。この体を持っていくことはできないんだ。重すぎるから」
王子さまは静かに言いました。
「ね、きみも——きみも夜空を見てよ。ぼくはあの星のどれかに住んでいるんだ。あの星のどれかで笑っているんだ。だからきみには、星の全部が笑って見える。
きみだけに、笑う星がある」
王子さまは、もう一度笑いました。
「渇きが癒えたら——あのときの井戸のことを思い出してね。あの水は、おいしかったね。滑車と、縄と、星のおかげで……覚えているだろう」
「覚えているよ」
「きみが夜空を見上げて笑ったら、ぼくも嬉しいんだ。それで——ずっと友だちでいられるよ。
ときどき窓を開けて、楽しもうとして……そうしたら、きみの周りの人たちは、星を見て笑っているきみを見て、びっくりするだろうね。そしたら、きみはこう言えばいいんだ。〈星を見ると、いつもこうなっちゃうんです〉って。みんな、きみのことを変な人だと思うだろうね」
王子さまは、また笑いました。
「ぼくがきみに、星の代わりに、笑う鈴をたくさんあげたみたいだね……」
それから。
王子さまの足もとに、黄色い閃光が走りました。
王子さまは一瞬、動かずに立っていました。叫びもしませんでした。
木が倒れるように——音もなく、静かに——砂の上に崩れました。
砂が柔らかかったので、音ひとつしませんでした。
あれから六年が経ちました。
夜明けになると、ぼくの体は次第に哀しみから離れていきます。あの子が自分の星に帰ったのだとわかっているから。
でも夜になると——ぼくは星を見上げます。五億の鈴が鳴っているのが聞こえます。
ひとつだけ、心配なことがあるのです。王子さまのバラに描いてあげた口籠に、革紐を描くのを忘れてしまいました。あの羊は、バラを食べてしまっただろうか。それとも、食べなかっただろうか。
空を見上げてください。
そして自分に問いかけてください——羊は花を食べただろうか、食べなかっただろうか。
それだけで、世界がすっかり変わってしまうのがわかるでしょう……
この景色を、よく見てください。
もしいつかアフリカの砂漠を旅することがあったら——もしこの場所を通りかかることがあったら——お願いです、急がないでください。
あの星の下で、少し待ってください。
そのとき、ひとりの子どもがあなたに近づいてきたら。その子が笑ったら。金色の髪をしていたら。質問しても答えなかったら。
その子が誰だか、わかるでしょう。
そうしたら——どうかぼくに知らせてください。
あの子が帰ってきたよ、と。
おしまい
——物語の奥にあるもの
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは一九四三年、第二次世界大戦のさなか、亡命先のニューヨークでこの物語を書きました。翌年、偵察飛行中に地中海上空で消息を絶ち、二度と戻りませんでした。星の王子さまの別れの言葉——「ぼくは自分の星に帰るんだ」——は、今となっては作者自身の遺言のように響きます。
バラのモデルは、妻コンシュエロだと言われています。気まぐれで、虚栄心が強く、棘で人を傷つけ、それでいてどうしようもなく愛おしい存在。王子さまがバラに費やした時間こそが、バラをかけがえのないものにした——この構造は、ブーバーの「我と汝」の関係そのものです。相手を「使い道のあるもの」として扱うのではなく、取り替えのきかない唯一の存在として向き合うこと。キツネはそれを「飼い慣らす」と呼びました。
小惑星の大人たち——権力に酔う王さま、数字を数えるだけの実業家、酒を飲む理由が酒を飲む恥ずかしさだという呑み助——は、大人社会への痛烈な風刺です。彼らは「大切なもの」を見失い、数字と権威と体面だけで世界を測ろうとします。「大切なものは目に見えない」というこの物語の核心は、その対極にあります。
王子さまは死んだのでしょうか。それとも星に帰ったのでしょうか。物語はその問いに答えません。砂漠に体は残っていなかった——その曖昧さこそが本質です。愛する者の不在は、喪失であると同時に偏在でもある。空の星のすべてが笑い声に変わる——それは悲しみが愛に転化する瞬間の描写です。
「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。しかし、そのことを覚えている人は、いくらもいない」——献辞のこの一節が、物語のすべてを要約しています。世界を「心の目」で見る力を、大人になっても忘れずにいられるか。それがサン=テグジュペリの、読者への最後の問いかけです。