
日本昔話より
むかし、むかし——。
ある山あいの村に、翁と媼が暮らしておりました。子のない二人は、静かに、しかし寂しく日々を送っておりました。
翁は山へ柴刈りに、媼は川へ洗濯に。来る日も来る日も同じことの繰り返しで、季節だけが黙って移ろっていきました。

ある春の日のことでございます。
媼が川で洗濯をしておりますと、上流から何やら大きなものが流れてまいりました。
どんぶらこ、どんぶらこ。
それは見たこともない大きな桃でございました。陽の光を浴びて薄紅色に輝き、川面に甘い芳香を漂わせております。まるで川そのものが、この桃を届けるために流れてきたかのようでした。
媼は桃を抱えて家へ持ち帰りました。翁が山から戻るのを待って、二人で食べようと俎板の上に置きました。
翁が帰り、鉈を入れようとしたその刹那——桃が、ひとりでに割れました。
中から、元気な産声が聞こえてまいりました。
薄紅の果肉に包まれるようにして、それは美しい男の嬰児が目を開いたのでございます。
翁と媼は涙を流して喜びました。天が授けてくださった子に違いない、と。
桃から生まれたゆえに「桃太郎」と名づけました。
桃太郎は食べるほどに、食べるほどに大きくなり、やがて村一番の逞しい若者に育ちました。力は十人力、心は澄んだ泉のように穏やかで、村の誰からも慕われておりました。
けれども、この国には暗い影がございました。
海の向こうの鬼ヶ島に住む鬼たちが、たびたび村を襲っては、作物を奪い、娘をさらい、宝を持ち去っていくのです。
どの村も、ただ怯えて耐えるほかありませんでした。鬼の膂力は人の及ぶところではなく、立ち向かう者は悉く打ちのめされてきたのです。
ある朝、桃太郎は翁と媼の前に正座し、深く頭を下げました。
「おじいさん、おばあさん。私は鬼ヶ島へ参ります」
媼の手が震えました。翁は長い沈黙のあと、静かに頷きました。
「行きなさい。おまえは、そのために来たのかもしれぬ」
媼は一晩かけて日本一の黍団子をこしらえました。米粉と黍を搗き、ひとつひとつに祈りを込めて丸めたのでございます。
桃太郎が野を越え、山を越え、歩いておりますと、茂みの中から一匹の犬が現れました。
「桃太郎さん、桃太郎さん。腰につけたそれは何でございますか」
「日本一の黍団子じゃ」
「一つくだされば、お供いたします」
桃太郎は団子をひとつ渡しました。犬はそれを噛みしめ、目を細めると、桃太郎の傍らにぴたりと寄り添いました。
その瞳には、主と定めた者への揺るがぬ忠義の光がありました。

次に出会ったのは猿でございました。
木の上からするすると降りてきて、同じように黍団子をねだります。
「桃太郎さん、鬼ヶ島へ行くのなら、私の知恵が役に立ちましょう」
一つ受け取ると、猿はすばしこく桃太郎の肩に飛び乗りました。
さらに進むと、空から一羽の雉が舞い降りてまいりました。胸の羽は虹のように輝き、鋭い目には恐れというものがございません。
「私の嘴と翼を、どうぞお役立てください」
こうして桃太郎は、犬と猿と雉——三匹の仲間を得たのでございます。
海を渡り、鬼ヶ島が見えてまいりました。
黒い岩の島でございました。巌の上に鬼の砦がそびえ、どす黒い煙が空を覆っております。島全体から瘴気が立ちのぼり、波すらこの島を避けるように迂回していくのでした。
犬がうなり、猿が身を固くし、雉が羽を逆立てました。
桃太郎だけが、静かに前を見据えておりました。
雉が先んじて空へ舞い上がり、鬼の見張りの目を掻い潜って砦の門扉を探りました。猿が城壁をよじ登り、内側から門の閂を外しました。
門が開いた刹那、犬が風のように駆け込み、桃太郎がそれに続きました。
鬼たちは宴の最中でございました。奪った酒を呑み、奪った宝で賭け事をし、人の世の嘆きなど歯牙にもかけておりませんでした。

戦いが始まりました。
犬は鬼の足に噛みつき、猿は鬼の顔を掻きむしり、雉は鋭い嘴で鬼の目を突きました。三匹はそれぞれの持ち味で鬼を翻弄し、桃太郎はその隙を逃さず、太刀をふるいました。
鬼たちは最初こそ嘲笑っておりました。人間の子どもと獣どもが何をできるものかと。
しかし、三匹の連携は鬼の力を上回りました。膂力は智と絆の前に屈したのでございます。
ついに、鬼の大将が膝をつきました。
赤い体に金棒を持つ、島で最も巨きな鬼でございます。その鬼が、地に額をこすりつけて言いました。
「参った。もう二度と人の世を荒らすまい。どうかお許しを」
桃太郎は太刀を収めました。
「命は取らぬ。だが、奪ったものは全て返してもらう」
鬼たちは震えながら、蔵に積み上げた金銀珊瑚、綾錦の反物、そして何より——さらわれていた村人たちを、一人残らず解き放ったのでございます。
宝を積んだ車を引き、桃太郎と三匹の仲間は海を渡って帰りました。
村が見えたとき、犬が一声高く吠えました。それを聞いた媼が走り出て、翁がその後を追い、やがて村中の人々が街道に溢れ出しました。
桃太郎の姿を見て、誰もが泣きました。さらわれた娘が母に抱きつき、奪われた稔りが持ち主の手に戻り、長いこと恐怖に覆われていた村に、ようやく春の陽が差し込んだのでございます。
桃太郎は宝を村中に分け与えました。自分のためには何ひとつ残しません。
翁と媼のもとに戻ると、ただ静かにこう言いました。
「ただいま帰りました」
媼は桃太郎の手を取り、何も言わずに涙を流しました。翁は咳払いをひとつして、空を見上げました。
犬は縁側で丸くなり、猿は屋根の上で毛繕いをし、雉は庭の柿の木にとまって、夕焼けに染まる空を見ておりました。
それは、この村がこれまで知らなかった種類の、穏やかな夕暮れでございました。
おしまい
——物語の奥にあるもの
桃太郎の原型は室町時代の御伽草子にまで遡るが、現在の形が定着したのは明治期の国定教科書によってである。国民道徳の教材として「忠」「勇」「仁」を体現する英雄に整えられ、日本で最も知られる昔話となった。
桃太郎の出生譚には「果生型」と「回春型」の二系統がある。果生型は桃から直接子が生まれる現行版、回春型は翁と媼が桃を食べて若返り、夫婦の営みで子を授かるという古い形である。明治の教科書が後者を削除したのは、性の匂いを消すためだった。
東アジアにおいて桃は不老不死と辟邪の象徴である。中国の西王母の蟠桃、日本神話で伊弉諾尊が黄泉の鬼を桃で退けた逸話——桃から生まれた子が鬼を討つという構造は、神話的必然を帯びている。
犬・猿・雉の三獣は忠義・知恵・勇気の寓意とされるが、陰陽五行説では鬼門(丑寅)の反対に位置する申・酉・戌の方角にあたり、鬼を封じる呪術的布陣でもある。
戦後、鬼ヶ島征伐は植民地主義の寓話として批判的に読まれるようになった。異民族の地に乗り込み、武力で屈服させ、宝を持ち帰る——芥川龍之介は大正期にすでに『桃太郎』で、鬼の側から見た物語を書いている。最も素朴な英雄譚が、最も鋭い問いを内包している。それがこの物語が語り継がれ続ける理由かもしれない。