
浜田廣介
山のふもとに、一人の赤鬼が棲んでいました。
赤鬼はとても気のやさしい鬼で、人間たちと仲良くなりたいと思っていました。おいしいお菓子を作ったり、温かいお茶を淹れたりして、村の人たちに来てほしいと願っていたのです。
けれど鬼は鬼です。人間たちは怖がって、誰も赤鬼のそばには近づきませんでした。

ある日、赤鬼は家の前に大きな立て札を立てました。
「こころのやさしい鬼のうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます」
赤鬼はうれしくなって、立て札を何度も読み返しました。これで人間たちが遊びに来てくれるにちがいない。
そう思って、毎日毎日、待ちました。
けれど、何日たっても誰も来ませんでした。
村人たちは立て札の前まで来ると、首をかしげて帰っていきます。ある者は「鬼の罠だろう」と言い、ある者は「やさしい鬼なんているものか」と笑いました。
赤鬼はがっかりして、立て札を引き抜きました。そしてそれを地面に叩きつけて、しくしくと泣きました。
そこへ、友だちの青鬼がやってきました。
青鬼は赤鬼の話を聞くと、しばらく腕組みをして考えていましたが、やがてぽんと手を打ちました。
「いい考えがある」
青鬼は言いました。
「おれが村へ出かけていって、人間たちを脅かす。おまえがそこへ出てきて、おれをやっつける。そうすれば人間たちは、おまえのことを信用するだろう」
「そんなことをしたら、おまえが悪者になってしまうじゃないか」
赤鬼はためらいました。けれど青鬼は笑って言いました。
「なに、かまわないさ。おまえと人間たちが仲良くなれるなら、それでいい。おれたちは友だちだろう。友だちのためなら、これくらいのこと」
赤鬼は何度も断りましたが、青鬼はどうしてもと言って聞きません。とうとう赤鬼は、うなずきました。

次の日、青鬼は村へ降りていきました。
「悪い鬼が来たぞう!」
青鬼は大きな声をあげて、村の中を暴れまわりました。子どもたちが泣き叫び、大人たちが逃げまどいます。
そこへ赤鬼が駆けつけました。
「やめろ、青鬼! 村の人たちを困らせるな!」
赤鬼は青鬼に飛びかかり、取っ組み合いになりました。青鬼はわざと負けて、山の向こうへ逃げていきました。
「赤鬼さんが助けてくれた!」
「やっぱりあの立て札はほんとうだったんだ」
村人たちは赤鬼を取り囲んで、口々にお礼を言いました。子どもたちは赤鬼の大きな手にぶらさがって遊びました。
赤鬼はうれしくて、うれしくて、目に涙がにじみました。
「ありがとう。みなさん、どうぞ、いつでも遊びに来てください」

それからというもの、赤鬼の家には毎日のように人間たちが遊びに来るようになりました。
子どもたちとかけっこをしたり、お婆さんの重い荷物を持ってあげたり、みんなでお茶を飲みながら楽しい話をしたり。
赤鬼は夢にまで見た暮らしを手に入れました。
けれど、ふと気がつくと、あれから青鬼が一度も顔を見せていないのでした。
赤鬼は気になって、青鬼の家を訪ねることにしました。
山をひとつ越え、谷をひとつ越えて、青鬼の家の前に着きました。
けれど、戸は固く閉ざされていました。
「おうい、青鬼くん。いるかい」
返事はありませんでした。
戸のわきに、一枚の紙が貼ってありました。
青鬼の字でした。
「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくがこのまま君のそばにいたら、君も悪い鬼の仲間だと思われるかもしれません。それでは折角の人間たちとの関係がだめになってしまいます」

「ぼくは旅に出ます。ずっと遠くへ行きます。いつまでも元気でいてください。
どこまでも君の友だちだということを、忘れないでください。
さようなら。
体を大事にしてください。
どこまでも君の友だち、青鬼」
赤鬼は、だまって手紙を読みました。
二度、三度と読み返しました。
戸に手をかけてみましたが、戸はもう開きませんでした。
赤鬼は戸の前に蹲り、声をあげて泣きました。いつまでも、いつまでも泣きました。
山に夕日が沈んでも、赤鬼は泣き続けていました。
自分が手に入れたものと、そのために失ったもの。
あの日、青鬼が笑って言った「おれたちは友だちだろう」という言葉が、何度も何度も、耳の奥で響いていました。
おしまい
——物語の奥にあるもの
浜田廣介がこの物語を書いたのは一九三三年、昭和八年のことでした。満州事変の直後、日本が国際連盟を脱退し、「みんなと同じであること」への圧力が日に日に強まっていた時代です。赤鬼が人間に受け入れられたいと渇望する姿は、集団の「内側」に入ろうとする個人の切実さそのものであり、廣介はその代償がいかに残酷であるかを、おだやかな文体の奥で抉り出しました。
青鬼の行為は、友情の最も純粋な形であると同時に、片想いの構造そのものです。与えるだけで見返りを求めず、相手の幸せのために自分の存在を消す。「どこまでも君の友だち」と書き残しながら、その友情を享受する場所にはもう自分はいない。これは献身であり、同時に一方的な別離の宣告でもあります。受け手である赤鬼には、拒否する選択肢すら与えられていません。
赤鬼は望んだものを手に入れました。村人たちとの温かい日々を。けれどその代わりに、自分をほんとうに理解してくれるたった一人を失いました。「みんな」に愛されることと、「たった一人」に深く解ってもらうこと——物語はその二つが両立しない世界を描いています。閉ざされた戸と、その前で泣き続ける赤鬼。日本の児童文学で、これほど静かで、これほど容赦のない場面はほかにありません。
あなたなら、どちらを選びますか。みんなの中の温もりと、たった一人の理解者と。