
日本昔話より
むかしむかし、あるところに、心のやさしいおじいさんと、欲深いおばあさんが暮らしておりました。
二人の暮らし向きは決して豊かではありませんでしたが、おじいさんはそれを嘆くこともなく、山で柴を刈り、畑を耕し、日々を穏やかに過ごしておりました。
おばあさんはといえば、何かにつけて文句を言い、隣の家の暮らしを羨み、おじいさんの働きが足りないと叱りつけてばかりおりました。
ある春の日、おじいさんが山で柴刈りをしていると、藪の中から小さな鳴き声が聞こえました。
草を掻き分けてみると、一羽の雀が羽を傷つけて蹲っておりました。茶と灰の縞模様の、ごく普通の雀です。けれどその黒い瞳が、おじいさんをじっと見上げていました。
「おお、かわいそうに。こんなところで独りぼっちか」
おじいさんは雀をそっと手のひらに乗せ、家に連れて帰りました。傷の手当てをし、粟や米粒を与え、やがてその雀は元気を取り戻しました。
おじいさんは雀に「おちょん」と名をつけ、大層可愛がりました。
朝、おじいさんが目を覚ますと、おちょんは枕元でちゅんちゅんと囀って起こしてくれます。畑仕事に出れば肩に止まってついてきて、疲れて縁側に腰を下ろせば、小さな声で歌うように鳴きました。
「おちょんや、おまえの声を聞いておると、疲れも忘れるわい」
おじいさんは目尻の皺を深くして笑いました。貧しくとも、おちょんがいるだけで日々に彩りがありました。
けれど、おばあさんにとって雀は餌を食うだけの厄介者でした。
「また雀に米をやったのかい。人間の食い扶持も碌にないのに、鳥っころに喰わせる余裕がどこにあるんだ」
おばあさんは日に日に雀を疎むようになりました。おじいさんがいない隙に箒で追い回し、米櫃に近づけば怒鳴りつけ、おちょんの囀りさえ耳障りだと罵りました。
おちょんは次第におばあさんの前では鳴かなくなりました。小さな体を丸めて、おじいさんの帰りをじっと待つようになったのです。
ある日のことでした。
おばあさんは洗濯に使う糊を木鉢いっぱいに炊いて、縁側に置いておりました。上等な米粉から丁寧に作った糊です。乾かしておけば、着物の洗い張りに使えるのでした。
ところが——おばあさんが目を離した隙に、おちょんが木鉢の縁に止まり、糊をついばんでしまったのです。
白くとろりとした糊が、雀の小さな嘴にべったりとついていました。
おばあさんの顔が、みるみる朱に染まりました。

「この盗人雀がっ! わたしが汗水たらして作った糊を!」
おばあさんは雀を鷲掴みにしました。おちょんは怯えてばたばたともがきましたが、おばあさんの骨張った指から逃れることはできません。
おばあさんは裁ち鋏を取り出しました。
「二度と余計なものを食えないようにしてやる」
そう言うと——おちょんの舌を、鋏で切ったのです。
おちょんは声にならない悲鳴を上げ、おばあさんの手から転がり落ちると、血の滴を残しながら空へ飛び去っていきました。
山から帰ったおじいさんは、縁側に点々と残る赤い染みを見つけました。
「おちょんは……おちょんはどこだ」
おばあさんは腕組みをして言い放ちました。
「糊を盗み食いしたから、舌を切ってやったよ。あんな穀潰し、いなくなって清々するわ」
おじいさんは膝から崩れ落ちました。声が出ませんでした。
糊を食べたのは——雀にとっては、ただ目の前にあったものをついばんだだけのこと。それだけのことで舌を。あの、やさしく囀っていた小さな舌を。
おじいさんの目から、静かに涙が零れました。

翌朝、おじいさんは身支度を整え、山へ向かいました。
「おちょんを探しに行く」
そう言い残して出ていくおじいさんを、おばあさんは鼻で笑いました。
おじいさんは山道を登り、谷を越え、竹林を掻き分けました。出会う鳥という鳥に尋ねました。
「舌を切られた雀を知らんか。おちょんという名の、小さな雀を」
鶯も目白も首を傾げるばかりでした。それでもおじいさんは歩き続けました。草鞋が擦り切れ、足の裏から血が滲んでも。
幾日歩いたことでしょう。
奥山の、人の踏み入らぬ深い竹藪を抜けたとき、おじいさんの耳に不思議な音が聞こえてきました。
——ちゅん、ちゅん。ちゅんちゅん。
雀たちの囀りです。一羽や二羽ではありません。何十、何百という雀の声が、竹の葉擦れの音と溶け合って、まるで笛と太鼓の合奏のように響いていました。
竹林の奥に、小さな門が見えました。青竹を編んだ垣根に囲まれ、軒先に「雀のお宿」と書かれた木札が掛かっています。
門をくぐると、雀たちが一斉に飛んできました。
「おじいさんだ! おじいさんが来てくださった!」
そして——その中に、おちょんがおりました。
少し小さくなったように見えましたが、羽は艶やかで、目は以前と変わらず黒く澄んでいます。おちょんはおじいさんの肩に飛び乗ると、小さく小さく鳴きました。
ちゅん、と。
かつてのように囀ることはできません。舌を失った雀の声は微かで、途切れがちでした。それでもおちょんは、ありったけの声でおじいさんを迎えたのです。
おじいさんは雀を両手で包み、声を殺して泣きました。

雀のお宿では、盛大なもてなしが始まりました。
雀たちが次々に膳を運んできます。山の幸、里の幸。栗を練り込んだ餅、山葡萄の酒、茸の汁。小さな膳に所狭しと並んだ馳走は、どれも素朴ながら滋味に溢れていました。
食事が終わると、雀たちは輪になって踊りを見せてくれました。
「雀の踊り、ちゅんちゅん。お客さまに、ちゅんちゅん」
小さな足でぴょんぴょんと跳ね、翼を広げてくるくると回る。おじいさんは手を叩いて笑いました。こんなに笑ったのは、おちょんがいなくなってから初めてのことでした。
やがて日が傾き、おじいさんが暇乞いをする時が来ました。
おちょんが合図をすると、雀たちが二つの葛籠を運んできました。
ひとつは大きくて重い葛籠。もうひとつは小さくて軽い葛籠。
「おじいさん、どうぞお土産にお持ちくださいまし。どちらかひとつ、お好きな方を」
おちょんの声は微かでしたが、その黒い瞳はおじいさんをまっすぐに見つめていました。
おじいさんは少しも迷いませんでした。
「わしは年寄りじゃ。大きな荷は持てんよ。この小さい方をいただこう」
そう言って、にっこりと笑いました。
家に帰ったおじいさんが小さな葛籠の蓋を開けると——金色の光が溢れ出しました。
小判、珊瑚、翡翠の玉、絹の反物。小さな葛籠の中には、一生かかっても使い切れぬほどの宝が詰まっていたのです。
おじいさんは驚きましたが、それ以上に胸を打たれたのは、葛籠の底にあった一枚の木の葉でした。
雀の小さな足で引っ掻いたような文字——読めはしませんでしたが、おじいさんにはわかりました。あの微かな「ちゅん」と同じ、おちょんの精一杯の感謝なのだと。
おばあさんは目の色を変えました。
「雀のお宿だと? 葛籠が二つあって、大きい方を選ばなかっただと? この馬鹿じいさんが!」
おばあさんはおじいさんから道を聞き出すと、翌朝まだ暗いうちに家を飛び出しました。
山道を息を切らして登り、竹藪を掻き分け、ようやく雀のお宿に辿り着きました。
「雀ども! 宝の葛籠をよこしな! 大きい方だよ!」
挨拶もなく、もてなしも断り、おばあさんはただ葛籠だけを要求しました。
雀たちは黙って大きな葛籠を差し出しました。
おばあさんは葛籠を背負い、意気揚々と山道を下り始めました。けれど大きな葛籠は想像以上に重く、背中が軋み、足が震えました。
——まだ家まで遠い。けれど中には小判や珊瑚がぎっしりと。
我慢ができなくなったのは、山道の半ばでした。
「ここで少しだけ覗いてみよう。小判を一枚、懐に入れておけば、万が一落としても安心だ」
おばあさんは葛籠を地面に下ろし、震える手で蓋に手をかけました。

蓋が開いた瞬間——
闇が噴き出しました。
蛇が鎌首をもたげ、百足が蓋の裏を這い回り、一つ目の鬼が葛籠の中からぬうっと顔を出しました。蜂の群れが唸りを上げて渦を巻き、骸骨の手が縁を掴んで這い出してきます。
「ぎゃあああっ!」
おばあさんは悲鳴を上げて転げ落ちるように山道を駆け下りました。蛇が足に絡みつき、蜂が頭を刺し、鬼の笑い声が山じゅうに響き渡りました。
這う這うの体で家に辿り着いたおばあさんは、布団に潜り込んで震え続けました。
それからのことです。
おばあさんは寝込んだまま、しばらく起き上がれませんでした。おじいさんは何も責めず、粥を炊き、額の汗を拭ってやりました。
やがておばあさんは床から起き上がり、以前より少しだけ——ほんの少しだけ、穏やかになったと言われています。
おじいさんは宝を少しずつ使い、二人は慎ましく暮らしました。春が来るたびに軒先に粟を撒き、雀たちが集まるのを眺めました。
その中に、他の雀より少しだけ静かな一羽がいることを、おじいさんだけが知っておりました。
おしまい
——物語の奥にあるもの
「舌切り雀」は、日本の昔話に最も多い「善人悪人対比譚」の一つです。「花咲か爺さん」「瘤取り爺さん」と同じ構造——善い者と悪い者が同じ場所を訪れ、同じ選択を迫られ、正反対の結末を迎える。この物語が問うのは「何を選んだか」ではなく「どんな心で選んだか」です。
おばあさんが雀の舌を切る行為は、単なる懲罰ではなく「声を奪う」暴力です。囀りこそが雀の存在そのもの——歌えなくなった雀は、自分自身を剥ぎ取られたのです。これは力を持つ者が弱い者の表現を封じる構造と重なります。それでもおちょんは微かな声でおじいさんを迎えました。声を奪われてなお伝えようとする意志に、報恩の本質があります。
大きな葛籠と小さな葛籠の選択は、日本的な美徳の試金石です。おじいさんが小さい方を選んだのは謙虚さだけではなく、「もらいすぎない」という感覚——足るを知る心です。一方おばあさんは、もてなしさえ断って葛籠だけを求めた。関係なき利益は災いに転じる。ギリシャ神話のパンドラの箱と同じく、「開けてはならない器」から災厄が飛び出すという世界共通の原型がここにあります。
この物語における「欲深い女」の造形は、日本の昔話に繰り返し現れる類型です。善い夫と悪い妻、あるいはその逆。性別に善悪を固定する語りは問題を孕みますが、この物語が本当に描いているのは、同じ屋根の下に暮らす二人の決定的な価値観の違い——共感できる者と、できない者の対比です。