
アンデルセン
夏でした。
田舎の広い野原に牛蒡が高く茂り、その陰はまるで小さな森のようでした。その奥まった茂みの中で、一羽のアヒルが卵を温めていました。
もうずいぶん長いこと座り続けていたので、少しうんざりしていました。友だちも滅多に訪ねてきません。皆、溝で泳ぐ方が楽しかったのです。
やがて卵が次々と孵りはじめました。殻の中から「ピイ、ピイ」と小さな声がして、黄色い頭がぽこぽこと現れます。
「なんて広い世界でしょう!」と雛たちは言いました。
「世界はここだけではないよ」と母アヒルは笑いました。「庭園の向こう、牧師さまの畑のずっと先まで続いているの。——もっとも、私もそこまでは行ったことがないけれど」
ところが、いちばん大きな卵だけがまだ割れません。
「まあ、まだ座っているの」と通りかかった年寄りのアヒルが言いました。「それは七面鳥の卵じゃないかしら。私も昔、騙されたことがあるの。あの子たちは水を怖がって泳がないのよ」
それでも母アヒルはもう少しだけ座り続けました。やがて——ようやく、大きな卵にひびが入りました。
生まれてきた雛は、他の子たちとはまるで違っていました。体が大きく、灰色で、ひどく不格好です。
「なんて醜い子だろう」と母アヒルはつぶやきました。「でも七面鳥ではないはず。明日、水に連れていけばわかるわ」
翌日、雛たちは水辺に出ました。灰色の雛も他の子と同じように、立派に泳ぎました。足がきれいに水を蹴っています。
「あの子は私の子だわ」と母アヒルは少し安心しました。「よく見れば、そう悪くないかもしれない」

けれど、家禽小屋ではそうはいきませんでした。
「あの灰色の子は大きすぎる。見苦しい」と皆が言い、ある雄アヒルは灰色の雛の首に噛みつきました。兄弟たちも「おまえさえいなければ」と突きました。七面鳥は体を膨らませて追いかけてきました。
母アヒルですら、ついにこう言ったのです。
「おまえが遠くへ行ってくれたらいいのに」
灰色の雛は逃げ出しました。生け垣を飛び越え、小鳥たちが驚いて飛び立つのを見て「僕が醜いから怖がるんだ」と思いました。
走って走って、大きな沼にたどり着きました。そこには野生の鴨がいました。
「おまえはずいぶん醜いね」と鴨たちは言いました。「でもまあ、うちの誰かと結婚しようとさえしなければ、ここにいてもいいよ」
灰色の雛は二日間、そこで過ごしました。
そこへ猟師がやってきました。銃声が轟き、鴨たちが次々と倒れていきます。水が赤く染まりました。猟犬が葦の間を走り抜け、灰色の雛の目の前に顔を突き出しました。
けれど犬は、ふんと鼻を鳴らしただけで走り去りました。
「ああ、僕はあんまり醜くて、犬にさえ噛みつく気にならないんだ」
灰色の雛は身を縮め、嵐が過ぎるのを待ちました。
夕暮れに雛は沼を離れ、荒野を歩き続けました。嵐の中、辛うじて見つけた粗末な小屋に転がり込みます。
そこにはおばあさんと猫と雌鶏が暮らしていました。猫は背を丸めるとごろごろ喉を鳴らし、雌鶏は小さな卵を産みます。
「卵は産めるかい?」と雌鶏が聞きました。「いいえ」
「喉を鳴らせるかい?」と猫が聞きました。「いいえ」
「ならばおまえの意見に価値はない」
灰色の雛は小屋を出て、再び彷徨いはじめました。
ある夕方、茜色に染まった空から、白く大きな鳥の群れが飛んでいくのが見えました。長く優美な首を伸ばし、力強い翼で南へと向かっていきます。
名前も知らないその鳥たちを見上げたとき、灰色の雛の胸を、今まで感じたことのない不思議な痛みが貫きました。自分でもわからない声で叫び、水の上でぐるぐると回りました。
あの鳥たちのことを、忘れることができませんでした。

冬が来ました。
水は冷たく、空は重く、すべてが凍りついていきます。灰色の雛は凍った池の上で泳ぎ続けなければなりませんでした。足を止めれば、氷に閉じ込められてしまうからです。
それでも、夜ごと水面は狭くなっていきます。朝になると、氷はぎしぎしと雛の体を締めつけました。
ある朝、ついに動けなくなりました。氷が完全に雛を捕えたのです。
通りかかった農夫が氷を割り、瀕死の雛を家に連れ帰りました。暖炉の前で温められ、雛は息を吹き返します。
農夫の子どもたちが遊ぼうとして手を伸ばすと、雛は恐怖のあまりミルクの桶に飛び込み、粉の鉢をひっくり返し、バターの壺に落ちました。農婦が箒で追い、子どもたちが笑いながら追いかけ回します。
雛は開いた戸口から飛び出し、雪の上に倒れ込みました。
その冬をどう凌いだか、語るにはあまりに惨めなことばかりでした。
けれど、やがて太陽が再び温かく照りはじめました。雲雀が歌い、花が咲き——春が来たのです。
灰色の雛は大きな翼を広げました。以前よりずっと力強く、風を受けて高く舞い上がります。気がつくと、花の咲く広い庭園に降り立っていました。接骨木の木が甘い香りを放ち、長い緑の枝を水面に垂らしています。
そこに——あの鳥たちがいました。

三羽の白鳥が、漣の上を優雅に滑るように泳いでいます。
あの美しい鳥たちを見た瞬間、灰色の雛の胸を深い悲しみが満たしました。
「あの気高い鳥たちのところへ飛んでいこう。醜い僕を見て、つつき殺すだろう。でもかまわない。仲間に蔑まれ、犬にすら相手にされず、冬の寒さに打ちのめされて生きるくらいなら」
雛は水に降り立ち、白鳥たちに向かって泳ぎました。
「どうか、殺してください」
頭を垂れて水面を見つめたとき——そこに映ったのは、灰色の不格好な鳥ではありませんでした。
白く、長い首を持つ、一羽の白鳥でした。
三羽の白鳥が泳ぎ寄り、嘴でやさしくその羽をなでました。

庭園に子どもたちがやってきて、パンくずを水に投げ入れました。
「あたらしい白鳥がいるよ!」と一番小さな子が叫びました。
「あの子がいちばんきれいだ!」と皆が言い、年老いた白鳥たちも新しい仲間の前で頭を下げました。
若い白鳥は恥ずかしさのあまり、頭を翼の中に隠しました。幸せでした——けれど少しも驕ってはいませんでした。やさしい心は、決して驕らないものです。
あんなにいじめられ、追い回されたことを思い出しました。そして今、いちばん美しいと言われている。接骨木の花が水面に向かって枝を垂らし、太陽が暖かく輝いています。
若い白鳥は翼を大きく広げ、細りとした首をもたげて、心の底から叫びました。
「こんな幸せが来るなんて、醜いアヒルの子だった頃には、夢にも思わなかった」
おしまい
——物語の奥にあるもの
アンデルセンは自伝『わが生涯の物語』の中で、自分の人生そのものが一編の童話だと書きました。貧しい靴職人の息子としてオーデンセに生まれ、十四歳で単身コペンハーゲンへ出て、長い年月を嘲笑と拒絶の中で過ごした末に、ヨーロッパ中に名を知られる作家となった。一八四三年に発表されたこの物語は、彼の自画像です。
しかし、大人の目で読み返すと、このハッピーエンドの底に不穏な影が見えます。アヒルの子が「醜い」のは、白鳥の卵がアヒルの巣に紛れ込んだからです。つまり彼は最初から白鳥だった。苦しみの季節は、本来の自分を知らなかったがゆえの悲劇であり、変身の物語ではなく発見の物語です。ならば、努力は何の意味も持たなかったのか。環境が合わなかっただけで、生まれが全てを決めていたのか。
さらに残酷なのは、物語の視線が常に「美」を価値の基準としていることです。白鳥になったから受け入れられた。もし灰色のまま、本当にただの醜いアヒルだったなら? 物語の論理では、彼は永遠に排除されたままです。アンデルセン自身、名声を得てもなお孤独であり続けました。認められることと、居場所を得ることは違う。
アヒルの子が水面に自分を映すあの場面を、もう一度思い出してください。彼が見たのは白鳥の姿でした。では——あなたが今、水面を覗き込んだら、そこには誰が映っていますか?