
ライマン・フランク・ボーム
カンザスの大草原は、どこまでも灰色でした。
太陽が大地を焼き、草は灰色に枯れ、空も灰色に霞み、家の板壁も灰色にくすんでいました。エム叔母さんの頬からはとうに血の色が消え、ヘンリー叔父さんも笑うことを忘れた人でした。
この世界でただひとつ、ドロシーを笑わせるものがありました。小さな黒い犬のトト。トトだけが灰色ではなかったのです。
その日、北の空が不吉な色に変わりました。
「竜巻だ!」ヘンリー叔父さんが叫び、地下室へ走りました。エム叔母さんもあとを追います。ドロシーがトトを抱き上げた瞬間、家は大きく揺れ、ぐるぐると回りはじめました。
家は風に持ち上げられ、竜巻の渦の中心に吸い込まれていきました。どこまでも、どこまでも高く。やがてドロシーは、揺りかごに乗せられたように、眠りに落ちました。
がたん、と家が地面に落ちました。
ドロシーが戸口に立つと、思わず声を上げました。そこはカンザスではありませんでした。目の前に広がるのは、緑の芝生と色とりどりの花、果実をたわわにつけた木々、瑠璃色の小川。空は深く澄んだ青でした。
「ようこそ、マンチキンの国へ」
小さな老婦人が歩み寄ってきました。北の善い魔女です。
「あなたの家が東の悪い魔女を押し潰してくれました。マンチキンたちは自由になったのですよ」
家の下から、縞模様の靴下を履いた二本の足が突き出ていました。見る間に足は消え、銀の靴だけが残りました。
「この靴には不思議な力があるそうですが、それが何かは誰にもわかりません」
北の善い魔女はそう言って、銀の靴をドロシーに差し出しました。ドロシーはそれを履き替えました。ぴったりでした。
「カンザスに帰りたいのです。どうすればいいのでしょう」
「エメラルドの都にいるオズの大魔法使いなら、きっと助けてくれるでしょう。黄色い煉瓦の道をたどりなさい」

黄色い煉瓦の道は、陽の光を浴びて金色に輝いていました。
ドロシーとトトが歩き出して間もなく、畑の真ん中に案山子が立っていました。その案山子が、ウインクをしました。
「おろしてくれないか」と案山子は言いました。「棒に刺されたまま、もう何日も何も考えられないでいるんだ。——いや、そもそも一度もまともに考えたことがない。藁の頭には脳みそがないんだよ」
「オズの魔法使いなら、脳みそをくれるかもしれない」
ドロシーがそう言うと、案山子は棒から飛び降り、よろめきながらも嬉しそうについてきました。
森に入ると、道の脇に錆びついたブリキの男が立っていました。斧を振り上げた姿勢のまま、一年以上も動けずにいたのです。
ドロシーが油差しで関節に油を注ぐと、ブリキの木樵はぎこちなく腕を下ろしました。
「ありがとう。——ぼくには心臓がないんだ。昔はあったのに、ブリキの体に作り替えられたとき、心を失ってしまった。愛することも、悲しむことも、もうできない」
彼はそう語りながら、涙を一粒こぼしました。その涙が顎の関節に落ちて、また少し錆びました。
さらに森の奥へ進むと、凄まじい咆哮が轟きました。巨大なライオンが道を塞いでいます。
ライオンは案山子を薙ぎ倒し、ブリキの木樵に爪を立てようとしました。トトに向かって牙を剥いた瞬間、ドロシーがライオンの鼻を叩きました。
「なんて卑怯なの! 自分より小さい犬を噛もうとするなんて!」
「叩かないでくれ」ライオンは鼻をこすりながら言いました。「わかっているんだ。ぼくは臆病なんだよ。百獣の王なのに、怖くてたまらないんだ」
こうして四人と一匹は、それぞれの願いを抱えて、エメラルドの都を目指しました。

幾日も歩き続け、芥子の花畑で眠りに落ちかけ、獰猛なカリダの獣に追われ、深い溝を飛び越えて——やがて道の先に、翡翠のように光る都が見えました。
エメラルドの都の門番は、一行にひとつずつ緑色の眼鏡を渡しました。
「都に入る者は全員、この眼鏡をかけなければなりません。オズ様の命令です。眼鏡をかけないと、エメラルドの輝きで目がつぶれてしまいますから」
鍵つきの革紐で眼鏡を固定され、一行は門をくぐりました。都の中は、何もかもが緑色に輝いていました。
オズの大魔法使いは、一人ずつ別々に謁見しました。
ドロシーの前には、巨大な頭だけの姿が現れました。案山子の前では美しい妖精に。ブリキの木樵の前では恐ろしい獣に。ライオンの前では炎の玉に。
そしてオズは全員に同じことを言いました。
「西の悪い魔女を倒せ。さもなくば、願いは叶えぬ」
西の魔女は強大でした。翼のある猿の軍団を操り、案山子の藁を引き抜き、ブリキの木樵を崖から落とし、ライオンを鎖で繋ぎました。
ドロシーだけは銀の靴の力で傷つけられませんでした。魔女はその靴を狙い、罠を仕掛けて片方を奪い取りました。
怒ったドロシーが、そばにあったバケツの水を魔女に浴びせると——魔女は悲鳴を上げて溶け始めました。
「ああ、水に弱いことを知っていたのか!」
「知らなかったわ」とドロシーは呆然と答えました。
魔女は茶色い染みになって消えました。ドロシーは静かに靴を拾い上げ、バケツの水で染みを洗い流しました。

エメラルドの都に凱旋した一行を、オズは会おうとしませんでした。何日も待たされたあげく、トトが衝立を倒しました。
そこにいたのは、小柄な禿頭の老人でした。
「わしがオズだ」
老人は怯えた目で言いました。巨大な頭も妖精も獣も炎も、すべて張りぼてと腹話術でした。緑の眼鏡を全員にかけさせたのは、都が本当はエメラルドでできていないからでした。
「わしはただの人間だ。ずっと昔、気球に乗ってこの国に飛ばされてきた。人々が勝手に魔法使いだと思い込んだので、そのふりを続けてきただけだ」
「ぼくの脳みそは」と案山子が言いました。
オズは案山子の頭に糠と針と鋲を詰め、「これで鋭い頭脳の持ち主だ」と言いました。案山子は大喜びしました。
ブリキの木樵には、絹の端切れで作ったハート型の心臓を胸に入れてやりました。「これで心の持ち主だ」。木樵は涙を流しました。
ライオンには緑色の液体を盃で飲ませ、「これは勇気の薬だ」と言いました。ライオンの目が輝きました。
三人は満足しました。中身が何であるかは、問題ではなかったのです。
けれどドロシーの願いだけは、偽物では叶えられませんでした。
オズは気球を作り、一緒にカンザスへ飛ぶと約束しました。都中の人々が集まった出発の日、トトが猫を追いかけて飛び出し、ドロシーがトトを追った瞬間、綱が切れて気球はオズだけを乗せて飛んでいきました。
「戻ってきて!」
ドロシーは叫びましたが、気球はもう豆粒ほどの大きさになっていました。
詐欺師は、最後まで詐欺師でした。自分の退場さえも、偶然と見せかけて。
南の善い魔女グリンダのもとへ、長い旅の果てに一行はたどり着きました。
グリンダは美しく、若く、本物の魔法使いでした。彼女は微笑んでこう言いました。
「その銀の靴は、世界のどこへでもあなたを運ぶ力を持っていますよ。踵を三回打ち合わせて、行きたい場所を言えばいいのです」
ドロシーは息を呑みました。
「——最初から、持っていたの?」
「ええ。けれど、あなたがそれを知っていたら、この旅はなかったでしょう。案山子も木樵もライオンも、自分が最初から持っていたものに気づけなかった」
ドロシーは仲間たちに別れを告げました。
案山子はオズの国の統治者に。ブリキの木樵はウィンキーたちの慈しみ深い王に。臆病なライオンは森の勇敢な王に。
脳みそのないはずの案山子は、旅の間ずっと知恵を働かせていました。心のないはずの木樵は、誰よりも仲間を思いやっていました。臆病なはずのライオンは、いつも先頭に立って戦っていました。
オズがくれたのは、糠と端切れと色水でした。けれど、「おまえはもう持っている」と誰かに言ってもらうこと——それこそが、彼らに必要な魔法だったのかもしれません。
ドロシーはトトを抱き上げ、銀の靴の踵を三回打ち合わせました。
「おうちに帰りたい」
風が渦を巻き、色彩が溶け、一瞬のうちにすべてが消えました。エメラルドの都も、黄色い煉瓦の道も、花咲く野原も。
気がつくと、カンザスの大草原に座っていました。灰色の空。灰色の大地。新しく建てられた、まだ灰色に褪せていない家。
銀の靴は旅の途中で脱げ落ち、砂漠のどこかに消えていました。
エム叔母さんが走ってきて、ドロシーを抱きしめました。
「ああ、エム叔母さん。おうちほどいいところはないわ」
灰色の世界を、ドロシーは自分で選んで帰ってきたのです。
おしまい
——物語の奥にあるもの
一九〇〇年に出版されたこの物語を、歴史学者ヘンリー・リトルフィールドは一九六四年にポピュリズムの寓話として読み解きました。銀の靴は銀本位制、黄色い煉瓦の道は金本位制、エメラルドの都は紙幣の緑に染まるワシントンD.C.。案山子は知恵を侮られた農民、ブリキの木樵は心を奪われた産業労働者、臆病なライオンは雄弁だが実行力を欠いた政治家ウィリアム・ジェニングス・ブライアン。緑の眼鏡は、国民に幻想を強制する装置です。
ボーム自身は「ヨーロッパ的な教訓のないアメリカの童話」を書いたと語りました。けれどこの物語の核心は普遍的です。オズは近代的な権力の肖像——実体のない威光を演出と虚勢で維持する人物。衝立の裏にいたのは、私たちが選んだ指導者そのものかもしれません。
「あなたは最初から力を持っていた」——この啓示は救いでしょうか、それとも残酷でしょうか。知っていれば苦しまずに済んだのに、と。しかしグリンダの言葉を反芻すると、旅そのものが案山子に知恵を、木樵に慈愛を、ライオンに勇気を与えたのです。力は最初からあった。ただ、それを信じるための物語が必要だった。
そして最も不思議なのは、ドロシーが灰色のカンザスを選んで帰ることです。原作のカンザスには色がありません。それでも彼女は「おうちほどいいところはない」と言う。色彩の国ではなく、自分を待つ人がいる場所を選ぶ。それが「家」の本当の意味なのだと、この物語は静かに告げています。