
宮沢賢治
夜鷹は、じつにみにくい鳥でした。
顔は味噌をつけたようにまだらで、くちばしは平たくて、耳までさけていました。足はよぼよぼで、一間とも歩けません。ほかの鳥たちからは「あの顔を見ろ」と言われ、「あの足を見ろ」と笑われ、誰も夜鷹のそばへ寄ろうとはしませんでした。
夜鷹は鷹の仲間ではありません。かわせみや蜂すずめの親類です。けれども名前に「鷹」の字がついているというだけで、本物の鷹からはひどく嫌われていたのでした。

ある日のこと、鷹が夜鷹のところにやってきました。
「おい。おまえは何だって夜鷹なんて名を名乗っているのだ。おまえの顔を見ろ。嘴を見ろ。おまえなんぞに鷹の名を使われては、鷹の恥さらしだ」
夜鷹は黙ってうつむきました。
「聞いているのか。あさっての朝までに名前を変えろ。『市蔵』とでも何とでも名乗れ。もし変えなければ——」
鷹はぎらりと目を光らせました。
「つかまえて引き裂いて、殺してやるぞ」
夜鷹は何も言えませんでした。ただ、小さく震えていました。
夜鷹は悲しくて、悲しくて、とぼとぼと自分の巣に帰りました。
「市蔵だなんて。おれの名前は夜鷹だ。おれが自分でつけた名前じゃない。神さまがつけてくれた名前だ」
けれども鷹は本気です。あさっての朝までに変えなければ殺すと言ったのです。
夜鷹はかわせみの弟のところへ行きました。
「おれはもうじき殺されるかもしれない。おまえだけには会っておきたかった」
かわせみの弟は、美しい瑠璃色の羽根を震わせて泣きました。けれどもどうすることもできないのでした。
夜が来ました。
夜鷹は静かに空へ飛び上がりました。いつものように、虫を捕って食べるためです。
夜鷹の平たいくちばしは、飛びながら虫を捕らえるためにできていました。蛾も甲虫も蛍も、夜鷹が口を開けて飛ぶだけで、次々にくちばしの中に飛び込んできました。
ばさばさばさ。
また一匹。また一匹。
夜鷹はふと止まりました。口の中で、まだ甲虫がじたばたしていました。
「ああ。今夜もおれは、いくつの虫を殺しただろう」
夜鷹は羽根を止めて、暗い空の中でじっと考えました。
鷹はおれを殺すと言った。それは鷹が残酷だからだ。けれどもおれはどうなのだ。おれだって毎晩、虫たちを殺して食べている。虫たちだって生きたいだろう。蛍だって、あんなに美しく光りながら、おれのくちばしの中で消えていくのだ。
おれは鷹を恐ろしいと思う。けれども虫たちにとっては、おれが鷹なのではないか。
「もうよそう。もう虫を食べるのはよそう」
夜鷹はそう決めました。けれどもそれは、飢えて死ぬということでした。
「それでもいい。もう殺したくない」

夜鷹はまっすぐに空へ飛び上がりました。
もう巣には帰りません。もう虫は食べません。もうこの地上で蔑まれることも、名前を奪われることも、殺すことも殺されることも——もうたくさんでした。
空の果てまで飛んでいこう。星のところまで飛んでいこう。そこで燃えてしまおう。
夜鷹は翼を広げて、まっすぐに、まっすぐに、空の高みへ向かって飛び始めました。
風がびゅうびゅうと鳴りました。
下の方で町の灯が小さくなり、やがて見えなくなりました。
夜鷹はオリオンの星に向かって叫びました。
「お星さん。どうか私をあなたのところへ連れていってください。私をあなたのそばで燃やしてください」
オリオンの星は静かに瞬きました。
「それはね、ここへ来るには、それ相応の身分でなくてはいけないよ。おまえにはとても来られない」
夜鷹はそれでも飛び続けました。今度は大犬の星に向かって叫びました。
「お星さん。南の青いお星さん。どうか私をあなたのところへ連れていってください」
大犬の星は答えました。
「いけないよ。とてもとても遠いのだから。おまえには来られないよ」
夜鷹はさらに飛びました。翼はもう痛くて痛くてたまりません。
大熊の星に向かって叫びました。
「お星さん。北のお星さん。どうか私をあなたのところへ連れていってください」
大熊の星は言いました。
「だめだよ。おまえにはとても来られない」
鷲の星にも頼みました。けれど鷲の星も同じでした。
「余計なことを考えないで帰っておやすみ」
どの星も夜鷹を受け入れてはくれませんでした。
夜鷹はもうすっかり力が尽きて、落ちるように降りて来て、野原の草の上に倒れました。けれどもしばらくして、夜鷹はまた目を開きました。そしてまっすぐに、空の一番高いところを目がけて飛び立ちました。
——もう何も頼むまい。私はただ、あの空のてっぺんまで飛んで行こう。どこまでもどこまでも飛んで行こう。
夜鷹はもう何も考えませんでした。
ただ、まっすぐに、まっすぐに、空の一番高いところを目がけて飛びました。
羽根はぼろぼろになりました。くちばしからは血が出ました。けれども夜鷹はやめませんでした。
「もっと高く。もっと高く」
寒さが骨の髄まで沁みました。空気は薄くなり、息が苦しくなりました。星々がどんどん近づいてきます。まわりは霜のように冷たく、青い光に満ちていました。
夜鷹はもう翼を動かすこともできませんでした。けれども体はまだ上へ上へと昇っていきました。まるで何かに引き上げられるように。
そしてそのとき——夜鷹の体が燃え始めました。
青い、青い、美しい光でした。
燐の火のように静かな光が、夜鷹の羽根の先から滲み出て、全身を包みました。もう痛くはありませんでした。もう寒くもありませんでした。もう悲しくもありませんでした。
夜鷹は燃えながら、下を見ました。
遠い遠い下の方に、あの地上が見えました。鷹がいて、百舌がいて、虫たちが暮らしている、あのせまい地上が。
夜鷹はもうそこには帰りません。

夜鷹の体は燐の火のように青く光り続けました。
いつまでも、いつまでも、燃え続けました。
今でも夜の空を見上げると、天の川の西の岸に、青い青い小さな星が一つ静かに燃えているのが見えます。
あれが夜鷹の星です。
だれにも気づかれず、だれにも名前を呼ばれず、けれどもたしかにそこに在って、青い燐の光を静かに灯し続けている——あの小さな星が、夜鷹なのです。
おしまい
——物語の奥にあるもの
宮沢賢治は岩手の裕福な質屋の長男に生まれました。敬虔な法華経の信者であり、菜食主義者であり、独身を貫き、農学校の教師として生きた人です。東北の農村社会において、詩を書き、菜食を貫き、結婚もせず、宗教に没頭する長男は——夜鷹そのものでした。「あの顔を見ろ」と言われた夜鷹の痛みは、賢治自身の痛みです。
この物語の核心は、夜鷹が虫を食べることへの苦悶にあります。生きるために殺さなければならない。蛍の美しい光がくちばしの中で消えるたびに、夜鷹の心も消えていく。これは仏教徒・賢治の生涯を貫いた矛盾でした。不殺生を説きながら、人は何かの命を糧にしなければ生きられない。夜鷹が選んだ「もう食べない」という決断は、すなわち「もう生きない」という決断です。
鷹が夜鷹に名前を変えろと迫る場面は、社会が異端者に突きつける同調圧力の寓話です。名前とは存在そのものであり、それを奪うとは「おまえはおまえであるな」という暴力です。夜鷹は従うことも戦うこともせず、ただ空の果てまで飛ぶことを選びました。
そして夜鷹は星になる。それは超越でしょうか、それとも自死でしょうか。賢治は答えを書きません。青い燐の光で「いつまでも燃え続けている」という結末は、美しくもあり、痛ましくもあります。星は輝いているけれど、夜鷹はもういない。この両義性こそが賢治文学の核です。大正十一年、最愛の妹トシが亡くなりました。「永訣の朝」をはじめ、賢治の後期作品には「もうここにはいない者」への祈りが通奏低音のように流れています。夜鷹の星もまた、いなくなった者が遺した光なのです。